スタッフ紹介二階堂美子気まぐれ日記


2017年11月19日

手打ち蕎麦会&カネゴン家

2週間分のまとめてのブログになってしまいました。

先週末はニカさんの大学時代の落研の先輩から、手打ち蕎麦をご馳走します!というお誘いをいただきました。
両国にあるミシュラン一つ星獲得の蕎麦屋「ほそ川」で修行したという腕に、期待は高まります。
いつもなぜかメンバーに入れていただいているラッキーな私。
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わさびは、本わさびを鮫皮のおろしで丁寧におろしていただくというこだわり様。
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手打ちの十割蕎麦は、これまで食べた事がないほど蕎麦の香り瑞々しく、喉越しの良い絶品でした。
かえしにこだわった蕎麦つゆも、くどくなく含みがあり、味も香りも美味でした。
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持参した日本のお酒を前にして、嬉しそうなニカさん。
青梅・澤乃井酒造の(中汲み)と、私の故郷信州飯田・喜久水酒造の(猿蔵の泉)は、我が家のお勧めの、日本酒好きの為の日本酒です。
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持ち寄りの料理も、暖かいお蕎麦も、日本酒に合う通の味。
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昼前から始まった宴は夜まで続き、またひとつ濃い思い出ができました。
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本日は、カネゴン家と茶々丸のご機嫌伺いに立ち寄らせていただきました。
相変わらず無愛想なのに、愛さずにはいられないイケメンな茶々丸クン。
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こちらがカネゴン家のお二人&左上に無愛想に背中を向ける茶々丸クンです。
色々と大変でやっと少し落ち着いたところなのに、おもてなしいただきありがとう!
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これからは、二人の時間を大切にしてくださいね。
旅行に行くなら、留守中の茶々丸&お母様達の事はお任せくださいませ!

2017年11月 8日

おまけ:ピサツアー

旅行記最後のおまけです。
フィレンツェ滞在中、半日のオプシャナルツアーで、バスに乗りピサを訪れました。

ピサの斜塔に行く前は、廃墟のような原っぱにピサの斜塔だけがあやうげにポツンと建っているイメージだったのですが、実際は海運都市として栄えたピサには、大聖堂など豪勢な建物が斜塔以外にも残っていました。
右奥がピサの斜塔ですが、写真のパースが付きすぎて全部斜塔になってる...。
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ピサの斜塔は、想像より傾斜が大きく圧迫感があります。
傾斜を修復する工事によって、現在の傾斜は4度だそうです。
計算上はあと300年は崩れる事なく持ちこたえるそうですが、あくまでも計算上。
ピサ-2.JPG

内部は、このような筒上の空洞になっています。
鉄のレールが地上から90度ライン。
何が正しいのはわからなくなって、三半規管が混乱します。
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高所恐怖症と言いつつ、やっぱり階段があれば登るしかない!
螺旋状に登りますが、たった4度の傾きのおかげで、めまいのような感じでチグハグな足取りになってしまいます。
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こちらを眺める人々を、上から目線で眺める。
ピサ-5.JPG

緑の芝生と塀に囲まれた遺跡の外は、ピサの街。
少々怪しげなお土産屋さんなどで賑わっています。
ピサ-6.JPG

どうしても撮らずにはいられない、お決まりのポーズ、その1。
縦位置にしてもう少し塔を入れるべきだったんじゃないでしょうか、ニカさん。
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どうしても撮らずにはいられない、お決まりのポーズ、その2。
構図とポーズは良かったのに...、逆光を甘く見ました。
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記念写真はイマイチでしたが、フィレンツェのような都会から離れ、トスカーナの田舎の風景とピサ観光はリフレッシュできて良い気分転換になりました。

帰国してからもう3週間も経ってしまいました。
旅ブログへの長いお付き合い、ありがとうございました。

2017年11月 4日

フィレンツェ:教会色々

この章でフィレンツェレポートはお終いです。
ずいぶん長くお付き合いをしていただき、ありがとうございました。

フィレンツェは、教会と宗教の街でした。
権力と財力にまみれた教会には反感を感じますが、今よりずっと死が近かった人々にとっては救いの象徴だったのだと思います。

滞在中、ストリートミュージシャン(Sepia)が奏で、広場に流れていた曲Hallelujah:ハレルヤが、私にとってフィレンツェをイメージする曲になりました。
アーティストは違いますが、BGMで流して、フィレンツェの雰囲気を感じていただければと思います。

サンタ・マリア・ノヴェッラ教会の大理石ファサードは500年もかけて完成したようですが、それぞれの時代のデザインがゴッチャになっても独特の雰囲気でまとまっています。
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内部の絵画のようなステンドグラスが見事でした。
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元修道院の建物を使用した美術館も併設されています。
中庭を囲む回廊に描かれたフレスコ画も見事ですが、もうたくさんあり過ぎて...さすがに途中で飽きました。
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続いて、サンタクローチェ教会。
こちらも美しい教会ですが、私たちが訪れた数日後に柱の頭頂飾の落下による観光客の死亡事故があったそうです。
そういえばドゥオーモでも街中でも、崩れそうで危険に思える所がありました。
古い街を安全に維持するのは大変です。くれぐれも足元にも頭上にもご注意を。
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この教会には、ミケランジェロやガリレオ・ガリレイ、マキャベリなどが眠っています。
左がミケランジェロ、右がガリレオのお墓です。(☟クリックで拡大してね)
本人の彫像と、成果を讃えた大理石の立派なものです。
室内に置かれた石棺は日本人には馴染みが薄いですが、教会ではたくさん見られました。
この中に本人のDNAが復活の日を待っているとは...、あまりリアルに想像したく無い世界ではあります。
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こちらは洗礼堂。これまでの装飾的な教会とは異なり、八角形の直線的なデザインの教会です。
新しく感じますが、11〜12世紀に建てられたフィレンツェでも古い教会です。
ドゥオーモとジョットの鐘楼の隣にあり、3つの建物はもったいないくらい重なっています。
お互いにもう少し離れてくれていた方が写真映えするのになぁ。
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外からは想像できないほど、内部は一面に絢爛豪華なモザイク模様。
黄金がはめ込まれているように重厚に感じます。
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次は、フィレンツェには珍しく質素な趣のあるサン・ロレンツォ教会。
4世紀頃建てられた、最も古い教会の一つだそうです。
未だにファサードが未完成なのだそうですが、これが良い味になっています。
サン.JPG

こちらも外観からは想像できない優美な内装です。
もしかして、教会は外装と内装のギャップを、意図的につけて感動を与えている?
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最後はメディチ家礼拝堂です。(この建物は君主の礼拝堂)
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他の教会と比較しても色大理石や宝石がふんだんに使われ、メディチ家の権力と財力を見せつけてくれます。
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この新聖具室はミケランジェロの設計で、とてもシンプルでした。
彫刻もミケランジェロ作。
彫刻が引き立つ空間を計算して設計したように感じました。
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フィレンツェの空には、何度か十字の飛行機雲を見つけました。(中央左下方)
意図的なのかはわかりませんが、神とともにある街という印象的な空でした。
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帰国直後のフィレンツェの印象は、あまりの観光客の多さと、モクモクの歩きタバコ、それにまずい食事が揃って疲れまくり、かなり残念な街でした。
少し時間をおいて旅行記をまとめて行く中で、別のものが自分の中に残っている事に気が付きました。
これまで訪れた街のように、フィレンツェもまた私の血と肉になってくれたと感じます。

2017年11月 3日

フィレンツェ:ベッキオ

ドゥオーモに続いて印象深かったのはベッキオ宮殿です。
この位置から見ると、偏平な感じのお城に見えますが、大広間あり、美術館あり、街を展望できるアルノルフォの塔ありと、奥が深い!
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二階にあるのは、圧巻の五百人広間。絵画と彫刻で埋め尽くされています。
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天井も、全てが絵画で覆われています。
ダン・ブラウンの「インフェルノ」の舞台にもなった場所です。
物語のような、秘密の通路の冒険がしたくなる気分です。
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美術館のような執務室。
ベッキオ宮殿.JPG

アルノルフォの塔に登る前の回廊です。
私の足元の四角の穴や、右側の壁の穴からは、下からの敵に攻撃するためのようです。
豪華さと命のはかなさが紙一重なのが、お城の宿命。
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塔に登る階段はいよいよ狭くなり、そろそろ息も上がってる?
ベッキオ宮殿の塔は、予約は不要で、階段を登るのもそれほど大変ではありませんでした。
ただし、塔へ登る人数制限があるので待たされる事があります。
(ドゥオーモやジョットの鐘楼に登るには要予約で、難易度も高いようです)
ベッキオ宮殿階段.JPG

塔の上からのドゥオーモの眺めは最高です!
しかし高所恐怖症の私たちは、心臓バクバクで撮影してます。
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ドゥオーモの右側、サンタクローチェ教会方面も、彼方までテラコッタ色の屋根が続きます。
もっと見たい気持ちと、すくむ足との戦いです。
ベッキオ宮殿展望2.JPG

やっぱり私たちには、地上でビールが一番なのでした。
ベッキカフェ.JPG

ベッキオ宮殿からアムル川に向かうと、後ろに見えるゴチャゴチャとした建物がベッキオ橋です。
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建物は、橋の両側にずらっと立ち並ぶ宝石屋さんが観光客で賑わっています。
高級品から手頃なものまで並んで、ウインドショッピングが楽しめます。
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ベッキオ橋の中ほどからの眺めには中世が残っていました。
左上の石組には、新旧合わせた落書き(掘った文字もあります)で一杯です。
どこの世界のどんな時代にも、観光地に足跡を残したくなる人がいるようです。
ベッキオ橋からの風景.JPG

※フィレンツェ:教会色々へ

2017年10月31日

フィレンツェ:ドゥオーモ

フィレンツェのシンボル、花のサンタ・マリア・デル・フィオーレ教会、通称ドゥオーモをご紹介します。
1296年から建築が始められ、丸屋根(クーポラ)がかけ終わったのが1436年、正面(ファサード)が完成したのはなんと19世紀になってからという長い歴史の中で育った建築物です。
脇にそびえる「ジョットの鐘楼」とともに、他を圧倒する輝きを放っています。

最初の印象は、「美しい!!」に尽きるのですが、「新しい!?」という印象もあります。
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ファサードの繊細な迫力には圧倒されます。
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実は後ろの方には、こんな感じに汚れている部分もあります。
全体がこんなに汚れていたら、暗く恐ろしい印象の建物になってしまいます。
メンテナンスしてこその美しさを保っているのですね。
ドーモ汚れ3.JPG

クレーンで修復中の現場もありました。
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作業風景を拡大してみました。
このサイズで見ると、想像を絶する細かい細工が施されていることに驚きます。
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ドゥオーモの内部は外見とは対照的にシンプルです。
内部は外観そのままの空間なので、とにかく天井(←というのかな?)が高い!
ドゥオーモ中.JPG

地下には、現在のドゥオモが建てられる前にあった古い教会の遺跡が見学できます。
古くから聖地だったのですね。
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裏手には、昨年リニューアルしたばかりのドゥオーモ付属美術館があります。
傑作が溢れています。宗教の力はすざましいです。
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法具や法衣も展示されています。
過剰なまでの宗教心と虚栄心と財力が込められて重たそう。着こなすのには体力が必要不可欠のようです。
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ドゥオーモを建築した際の道具も展示されていました。
現在の技術でも作るのが困難な建造物を、ガリレオ博物館で見たような器具を使い、こんな粗末な道具で積み上げるなんて。
人間は、人間本来の潜在能力を忘れないようにしないといけないなぁ...と感じました。
ドゥオーモ昔の器具.JPG

フィレンツェ:ベッキオへ

2017年10月29日

日本は良いな

普通の生活が戻っています。

散歩途中に出会う猫のチャプリンブラザーズは、旅行中10日以上会わなかったにもかかわらず、私たちが近づくとミャ〜ミャ〜と啼きながら駆け寄ってきてくれました。
ちゃんと覚えていてくれたのです。感激〜!
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目的が、餌なのは重々分かっておりますが...。
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昨夜は、久しぶりのマダム会で楽しんで来ました。
それぞれに大変のは相変わらずですが、素の自分達で後腐れなく話しができて、気分はスッキリ!
海外でストレスが溜まるのは、言葉が伝わらないもどかしさも大きかったんだと感じます。
マダム会2017.jpg

料理も美味しいし、やっぱり日本が一番だ〜!
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2017年10月26日

フィレンツェ:博物館

フィレンツェは美術館だけでなく、博物館も色とりどりでした。

レオナルド ダ ヴィンチ博物館は、ダヴィンチを万能の天才と崇めるニカさんの、たっての希望で訪れました。(フィレンツェカードは使えません)

ダヴィンチは、「モナリザ」や「最後の晩餐」などの絵画が有名ですが、天才的発明家でもありました。
ここではダヴィンチの描いたスケッチを、模型で再現し展示しています。実際に手で触れて動かせるものがあるのが面白いです。
レオナルド ダ ヴィンチ 博物館1.JPG

ダヴィンチの膨大な分野(絵画、音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学)のインスピレーションの片鱗に触れられたような気持ちになります。
というか、ダヴィンチの人間離れした好奇心の多様さと追求心に驚くばかり。
レオナルド ダ ヴィンチ 博物館2.JPG

ダヴィンチのメモ(残念ながらコピー)もありました。
40年間毎日メモを取り続け生涯で1万枚以上のアイデアメモを残したそうです。
ダヴィンチが今の世を見たら、「結構自分のアイデアが実現しておるわい!」と喜ぶでしょうか。
それとも現代社会ではまだ思いつかないような、斬新なアイデアを思いついてくれるでしょうか。
レオナルド ダ ヴィンチ 博物館3.JPG

こちらも天才ガリレオの名前を冠した博物館。
ガリレオ博物館1.JPG

ガリレオに由来するもの以外にも、当時の科学の先端器具を展示しています。
ガリレオ博物館2.JPG

自然の摂理にかなうものは、美しいです。
ガラスの器具.JPG

それぞれの器具の使い方は、さっぱりわかりません。
フィレンツェの建築物を見て、現代のような機械や道具のない時代にどうやって作ったのかという漠然とした疑問がありましたが、科学や物理学を応用して様々な器具を作り使用していたことがなんとなく理解できました。
ガリレオ博物館3.JPG

3つ目は、中世邸宅博物館。
14世紀〜18世紀に、豊かな階級の家族が住んでいた住宅を公開しています。
中世邸宅博物館 (ダヴァンツァーティ宮) の外観.JPG

壁の模様はすべて手描き。窓は小さく、厚い木の扉は頑丈です。
陽の光は少ないですが、どこか暖かみを感じる部屋です。
この部屋で神に祈りながら、家族で食卓を囲んでいたんでしょうね。
中の部屋.JPG

部屋の続きのスペースにあったのが、トイレのようです。
これは冷たそう...。
昔の民家を見ると、ついつい見たくなって、どこか懐かしい気持ちにとらわれます。
それは、DNAが「思い出せ。忘れるな。」と言っているような気がします。
中世邸宅博物館 (ダヴァンツァーティ宮) のトイレ.JPG

糸車や織り機のようなものも展示されていました。
糸車.JPG

昔の絵画にはレースのベールなどが描かれていますが、実際はどんなものだったのかと思っていました。
実物を見て、本当に繊細なもので驚きました。
レース.JPG

美術館に飽きたら、文化が実感できる博物館がおすすめです。

※フィレンツェ:ドゥオーモへ

フィレンツェ:美術館

建築物だけでも宝物のようなフィレンツェの街ですが、美術館が数多くあり、その中にはみっちりと名画が詰まっています。
今回訪れた中で、ウフィツィ美術館、アカデミア美術館、パラティーナ美術館をご紹介します。

ウフィツィ美術館の外側には、フィレンツェにゆかりのある歴史上の人物の彫像が立ち並んでいます。
ニカさんはレオナルド・ダヴィンチ、私はミケランジェロの前で、それぞれの有名作品にちなんだポーズで記念写真。
ウフィツィ美術館隆&美子.jpg

入り口は、長蛇の列。フリーパスのはずのフィレンツェカードでも、身体検査のためにゲート1に並ばされ、小一時間待たされました。
カードの特別優遇感は最初から撃沈。
ウフィツィ美術館の混み具合.JPG

それでも美術館自体がとても大きいので、超有名作品でも日本の企画展のように人混みに紛れることなくゆったりした気分で鑑賞できました。
フラッシュは禁止ですが写真撮影は自由。絵画からの距離も筆のタッチがわかるくらい近くまで許されています。
4時間ほどかけて回りましたが、次から次へと見応えある作品と出会え、疲れも忘れます。
名画についに対面できた感激で、ついつい記念写真を残したくなってしまうのでした。
(☟クリックで拡大してね)
ウフィツィ美術館の絵.jpg

ウフィツィ美術館は、16世紀半ばに役所のような目的で作られた建物だそうですが、シンプルな外観に対して中は宮殿のようです。
ウフィツィ美術館の館内.JPG

ウフィツィ美術館からベッキオ橋に向けてヴァザーリの回廊が続きます。
当時のウフィツィと、メディチ家の自宅だったピッティ宮殿を直接結んだ全長約1キロの出勤用隠し通路だそうで、この中にも美術品がぎっしり。(こちらは、別の予約が必要)
危険回避のためとはいえ、美術品に囲まれた回廊を歩くなんてゴージャスな通勤路です。
回廊.JPG

続いて、ミケランジェロのダビデ像で有名なアカデミア美術館。
ダビデ像の手前に、未完成のミケランジェロ作品が展示されています。
こういう大きな大理石の塊から、少しずつ美しい形を彫り興し生命を与えるなんて、神がかり的な技に感じます。
アカデミア美術館のダビデ像1.JPG

前からの姿はすでにご存知と思いますし、多少憚れもしますので、ここでは後ろ姿をご紹介します。
像を囲むように座れるスペースがあるので、疲れを癒しながらのんびりとダビデ像を眺めることができます。
アカデミア美術館のダビデ像後ろ.jpg

アカデミア美術館は、フィレンツェ美術学校の美術館なので教材用の石膏像もたくさん置かれています。
美術学校特有の、少し懐かしい空気を感じました。
アカデミア美術館の教室.JPG

こちらは、メディチ家の住まいだったピッティ宮殿です。
現在は中に、パラティーナ美術館、近代美術館ほか、4つの博物館があります。
ピッティ宮殿・二階堂隆.JPG

パラティーナ美術館では、ラファエロやティツアーノの作品に見応えがありましたが、宮殿という輝かしい環境にぎっしりと展示されている絵画の量に圧倒されます。
ピッティ宮殿パラティーナ美術館の展示.JPG

美術館自体が、美術品の美術館です。
ピッティ宮殿パラティーナ美術館の室内.JPG

アンナ・マリーア・ルイーザ・デ・メディチの肖像画もありました。
メディチ家最後の継承者で、「メディチ家のコレクションがフィレンツェにとどまり、一般に公開されること」を条件に、すべての美術品をトスカーナ公国政府に寄贈した強い意思の女性です。
今のフィレンツェがあるのは、この方のおかげです。
ピッティ宮殿パラティーナ美術館のアンナ・マリーア・ルイーザ・デ・メディチ.JPG

メディチ家の人々が暮らしていた生活の場も展示されています。
(☟クリックで拡大してね)
ピッティ宮殿パラティーナ美術館の住居.JPG

ピッティ宮殿の裏側には、広大なボーボリ庭園が広がっています。
ピッティ宮殿パラティーナ美術館からボーボリ庭園.JPG

ボーボリ庭園の中腹からアルノ川方面を望むと出会える、緑に囲まれたフィレンツェの街は、街中にいるよりも優雅に感じました。
ボーボリ庭園からの風景.jpg


※フィレンツェ:博物館へ

2017年10月24日

フィレンツェ:街の印象 後編

フィレンツェは街中が、石造りの建造物と彫刻と観光客と鳩で溢れています。
広場2.jpg

そんな中で異彩を放って目立つのが、軍隊です。
警察官も各地に配置されていました。
2012年フランスのテロ事件以来、かなり厳しい監視がされているようで、殺傷能力の高いマシンガンが直ぐ側にあるというのは緊張感あります。
近寄って写真を撮って怒られている人もいましたので、さりげなく撮影してみました。
(☟クリックで拡大してね)
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乗り物の中で圧倒的に注目されるのが、観光客を乗せて街を闊歩する馬車です。
中でも、この馬車がコスチュームも含めて一番本格的でした。
街には、そこはかとなく馬の匂いを感じます。
馬車.JPG

車の駐車も注目に値します。
駐車場は無いので、道路の決められた狭いスペースに「どうやって止めたの?」という縦列駐車をしています。
バンパーには、凹んだキズがあって当たり前。
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セグウェイで観光するグループもあり。ゴツゴツした石畳はどんな乗り心地なんでしょう。
足元の段差が多い街だったので、もしかしたら少し大変だったかも。
ジャイロ.JPG

信号機は少なく、あっても分かりにくい信号です。
石畳に書かれた横断歩道は、あまり目立ちません。
人で混み合う中を、バスや車は器用に通り抜けて行きますが、かなり危ない場面にも遭遇。
そのせいか、日本より耳障りの悪い救急車のサイレンが、ひっきりなしに響いてました。
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銀座のように高級ブランドショップの立ち並ぶ地域がフィレンツェにもありました。
どこも古い建物ですが、ショーウインドウと店内はピッカピカ!
観光に来て高級ブランドを買う人って、あまり想像できませんが...。
ブランド店.JPG

一般のお店も、古い建物だからこそとにかく窓はピッカピカ。
どのお店も、ディスプレイが綺麗です。
普通の店.JPG

古い建物の中に、モダンなディスプレイも似合ってます。
モダンな店.JPG

八百屋さんは、1Kgまとめていくらで売っていますが、色の配色や並べ方、店の看板などがやっぱりどこか違って素敵です。
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中心街を通り抜けると、アルノ川に突き当たります。
奥に見えるのが、土産物屋が両脇に並ぶベッキオ橋。
橋から遠目に風景を眺めると、少しだけ中世の残り香を感じられる気がしました。
ベッキオ橋2.JPG

フィレンツェの夜は長いようです。
7時近くまで明るかったのですが、暗くなってもドゥオーモ前の賑わいは続き、普通のレストランも10時過ぎまで営業しています。
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人通りの少ない深夜や早朝の静けさの中を歩いたら、もしかしたら本来のフィレンツェの空気を感じることができたのかもしれません。

※フィレンツェ:美術館へ

2017年10月23日

フィレンツェ:街の印象 前編

フィレンツェの空港に深夜到着し、ホテルに着いて説明を受けて、荷物をざっと片付けてシャワーを浴びて眠ったのは2時過ぎ。
時差ボケと睡眠不足でしたが、興奮状態で気分も新鮮な第一日目は、1km四方にまとまっている中心街をグルグルと20kmほど歩いて散策しました。
それで街のスケールと地理感がだいたい把握できてしまうくらい小さな街です。
(☟写真は全てクリックで拡大します)

ホテルは、駅に近いサンタ マリア ノヴェッラ教会の目の前。
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ホテルを出て最初に目にしたこの教会の光景に、一気にテンションが上がります。
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街並みの全ての建物に時代を感じます。無粋な電線や、派手で下品な看板は一切無し。
同じ方向に向かう人の流れに乗って300mも歩くと、建物の間に街のシンボル ドゥオーモが覗きます。あっけないほどの近さにビックりします。
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洗礼堂、ドゥオーモ、ジョットの鐘楼の3つの建物が並ぶ、ここが街の中心です。
いつまで見ていても飽きない奇跡のように美しい建造物であり、ドゥオーモのクーポラ(丸屋根)は街のどこからも見えるランドマークにもなっています。
朝昼夕を告げる鐘の音に包まれてうっとりしつつも、あまりの人多さとタバコの煙にはうんざり。
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街の立体地図がありました。手前がアルノ川、奥の丸屋根がドゥオーモです。
本当に小さい中に、見所が密に詰まっている街です。
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どこを歩いていても、自然に大きな広場に出て場所が確認できます。
ここはメリーゴーランドが楽しいレップブリカ広場。
達者な大道芸のお披露目場所でもあります。
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大道芸人たちは、広場に活気を与えてくれています。(中央の彫刻像も人間によるパフォーマンスです)
バケツやギターケースにお金を入れると、それぞれの方法で必ず『 Thank You!』の意思表示をしてくれるのが気持ち良いです。(彫刻人間もそれなりに)
(☟クリックで拡大してね)
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オープンエアのレストランは、そこかしこで営業中。疲れた客を癒してくれます。
テーブルセッティングは、全体的にとても清潔です。
有名な場所の近くと裏路地には価格差がありますが、フィレンツェでは一度も料金やお釣りをごまかされることはありませんでした。
どんなお店でも明朗会計。同じイタリアでもローマとは大違いで、嫌な思いもせず安心でした。
ただし室内は完全禁煙のため、逆にオープンエアの席は喫煙率が高いのが難です。
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お決まりのアイスクリーム屋さんもたくさんありました。
ディスプレイはどこでもこんな風に大胆なムニュムニュ形状。
視覚的に、とろける柔らかさを感じさせます。
観光客はついつい一つは食べたくなってしまいます。
サイズが色々選べるのがありがたい。
私は一番小さなピッコロサイズで十分でした。
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ベッキオ宮殿前のシニョリーア広場のオブジェは、シンボル化した堂々のアイスクリーム(多分)。
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少々長くなってしまいました。※後半に続きます。

2017年10月22日

フィレンツェの旅を終えて

10日間のフィレンツェの旅を終えて帰国しました。

ニカさんがゆっくり滞在したかった夢のフィレンツェです。
中世の建築物が今も建ち並び、その中に世界的な美術品の集まった宝石のような街。
ダヴィンチ様、ミケランジェロ様、ボッティチェリ様、ラファイエロ様、その他多くの芸術家やガリレオ様にもゆかりのルネサンスの花開いた場所。
(写真はヴェッキオ宮殿の塔より)
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その地に立って、先人達と同じ空気の中でルネサンスを感じれば、自分たちにも新しい変化があるに違いありません。...という夢を抱いて。
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しかし、実際のフィレンツェの地に立ってみて、夢は儚く散りました。

どこもかしこも、東京の大都会の人混みも負けそうなものすごい混雑です。中国人、韓国人のアジア系団体もかなり多くて、うるさい。
おまけに室内禁煙のため屋外の喫煙率がひどく、10mに一人は歩きタバコ。海外の臭いの強いタバコの煙で町中がモクモク状態ですごく臭いんです。
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楽しみにしていたトスカーナ料理も、塩分が強いのと、少々味がしつこく、野菜料理は少なく、メニューが分かりづらいなどと言う理由で、いまひとつ感動の味には出会えませんでした。
というか、一日二日と経つうちに、二人ともだんだん食欲がなくなってしまったのでした。
若い頃は生きて行くために何でも食べられたのに...、これにはさすがに年を感じました。泣..。
(写真は活気と食材溢れる中央市場イル・メルカートのフードコート)
イル・メルカート.JPG

これはフィレンツェカード。(€72)
72時間の有効時間内は、フィレンツェのほとんどの美術館、博物館、教会などをチケットを買う事なくパスしてもらえる便利なカードです。
それでもウフィッイ美術館は身体検査で小一時間並ばされましたが、フィレンツェを歩くにはお勧めできるカードです。
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ともあれ、やつれながらも無事に帰国しましたが、帰国後、冬のような寒さと疲れのためか二人とも風邪で体調を壊し、やっと復活しつつあります。
これから、少しづつテーマごとにフィレンツェでの旅行記を書いてゆきたいと思います。
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取り合えず、本日は無事帰国のご報告でした。

台風21号の影響で外は雨足が強くなっています。大きい被害になりませんように。
そして、選挙結果はどうなる?!
フィレンツェの余韻に浸る間もなく、日常は待ってくれないようです。

2.フィレンツェ:街の印象 前編へ

2017年10月 7日

技術連携交流会

秋の恒例、TAMA協会の「地域イノベ・技術連携交流会」にコーディネータとして参加してきました。
こうした交流会へお誘いをいただいてから、10年近く経とうとしています。

この度は、懇親会の時間にこれまでの交流を通じてお知り合いになった企業の方々と一緒に写真を撮らせていただきました。(今日は私の写真の大安売りです)
それぞれの方が、その道の達人で、人間的にも魅力ある方々です。
交流会を通じて世界感の広い方々と知り合う事が出来、何度もお会いしお話しを伺った時間が揺るぎない信頼を与えてくれました。

私達はデザインという世界で生きておりますが、モノ造りというのは、色々立場の人達が関わってこそ成り立っているとつくづく感じます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。
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散歩道の霞川沿いには、コスモスが群生しています。近所のおばさま達からはロマンティックに「コスモス街道」と呼ばれております。
カモもいます。のどかです。
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夕暮れの空にはうろこ雲。本格的な秋の訪れを感じます。
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2017年10月 1日

旅の準備で思う事

フイレンツェへの旅の準備もボチボチ始めています。

私達二人で、最初に世界を旅したのは、もう30年も昔。
カバン一つで、宿泊先も決めず、鉄道をユーレイルパス(自由にヨーロッパを移動できるチケット)でヨーロッパをひと月かけて巡った貧乏旅行でした。

当時はフイルムカメラでしたが、安全な日本のように写真を人に頼む事はできないので(そのままカメラを持ち去られる恐れあり) 、ツーショット写真はひと月でこれしかありません。
以前も掲載したことがある、アムステルダムの運河にて、やや押し売り的に撮影してくれたモノクロ写真です。
アムステルダムにて.jpg

夜行列車で移動中にフランス/ニース駅で電車がストで止まってしまい、お金の無い若者たち(私たちも)は駅で野宿するしかありません。
持っている食べ物を分け合い雑魚寝した、香港青年とインド青年も、今は立派なオヤジになっている事でしょう。
(この写真は、多分同じような野宿仲間が撮ってくれたと思います)
ニースにて駅で宿泊.jpg

30年後に旅の準備をしていて、時代の変化をつくづく感じます。

昔:辿り着いた町のインフォメーションで大きな地図をもらい、ボロボロになるくらい地図をたよりに歩き、それでも迷う。
二階堂隆1988.jpg
今: 海外用のWi-Fiをレンタルすれば、どこでもスマホで位置と、最新情報を確認。


昔:ひと月のうち家族に葉書を出したのはせいぜい1〜2回。
「無事に生きているよ〜!」という電話を、コレクトコールで1回した記憶があり。
新聞など読む機会が無いので、日本がどうなっているかなど全くわからない。
(気にもかけない)
今: メールとネットで日常と同じ連絡と情報収集が可能。
(若干依存症気味)

昔:ガイドブックのイタリア語を試してみても、相手は混乱するばかり。
今:さて、スマホの音声付翻訳機能は、どこまで通用するか?

昔:安全のためにトラベラーズチェック(本人がサインをする事で外貨に変わる外国旅行者向けの小切手)を用意。
今:クレジットカードやキャッシングで、トラベラーズチェックは完全に終わってる。

ベネチアでガラスの街ムラーノ(島)に、観光目的の船で二人だけで連れていかれてしまい、逃げるに逃げられず購入したワイングラスですが、これにもドタバタのおまけ付き。
ワイングラス.JPG

確か1脚8,000円くらい、 6脚セットで五万円程度のクリスタルガラスです。
当時としては(もちろん今でも)勇気のいった買い物ですが、帰国後ひと月以上待っても音沙汰無し。
いくらなんでも泣き寝入りはできません!という訳で、ニカさんはムラーノの店に「ワイングラスが届かない。この店はインチキだと日本の旅行雑誌に投稿するゾ!」というような内容の手紙を送ったのです。
すると半月くらいで、あっさりワイングラスは届きました。
それも少しも悪びれず「あれ〜っ?前にも送ったのにおかしいなぁ、ヘヘッ(^_^*)」みたいなノリで。
(▼▼#)
結局なんだかんだで、2ヶ月以上待たされ、気を揉んで、やっとゲットしたという思い出込みのお宝です。

今の時代なら、即メールでクレーム。情報はネットで一瞬で拡散です。
現代人はせっかちになったなぁ、とも感じます。

変わったのは自分達もそうです。
今ならひと月も家を空けて、バック1つで宿も決まらない旅に出かけるのは、もう無理!
野宿もご遠慮したいです。

これを進化と言うのか、退化と言うのか...。