スタッフ紹介二階堂美子気まぐれ日記友人&家族


2011年12月29日

2011年:年末記

2011年は大崩壊の年でした。

東日本大震災、資本主義経済、国への依存、
海外でも、地震、水害、ユーロ圏、アラブの春と
世界中が雪崩に巻き込まれるように崩れて行きました。

この荒れた時代を生き抜くためには、人間の原点に返って
地球を大切にする事、結束する事、心を強く持つ事、思考を自立させる事、が大切だなあ、と感ずる年の瀬です。

実家の弟が「今年も門松を作ったよ!」とメールをくれました。
自宅の山から松や竹を採って来ての自作の松飾りは、毎年見事です。
新たな年に向けて感謝と祈りの気持を込めて松飾りを作るという儀式は、
家や住む人の心に清らかな魂を宿してくれる気がします。
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ニカさんは、冷凍庫を一掃して出て来たブタバラでお正月用の「豚の角煮」を作り始めました。
我が家のおせちは「好きな食べ物を準備 + 有り合わせで作る派」です。
暖かい食べたいものを、盛りつけにひと工夫してお正月らしさを演出しながら頂くのが
やっぱり一番。
飲茶や老酒なんかも準備しています。
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それでは、間もなく役目を終了するウサギちゃん達から
龍クンにバトンタッチです。

「今年はとんだ年になってしまい申し訳ないです。m(_ _;)m
龍様の神通力で、なにとぞ来年の世界をお守りください。」
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エルグデザイン一同
本年も皆様にお世話になり、助けていただき、誠にありがとうございました。
m(^.^)m

それでは、皆様良いお年をお迎えくださいませ!

2011年12月11日

クリスマスの街で蕎麦会席

クリスマス色にときめく立川の街を散策した後
「蕎麦処:無庵」にて、3組の夫婦が集まりました。

「無庵」の店内にはジャズが流れ
骨董などの調度品やインテリアにもこだわった蕎麦会席のお店です。

料理の盛りつけも、味も、量も(^-^;)..!上品です。

このような大人の隠れ処的な店で、クリスマスに賑わう雑踏を離れて
気心の知れた友人達と、あえての蕎麦会席を楽しむ...
な〜んて、大人ならではの自己満足感ですわ!

3組の夫婦の会はこれまでに無かった組み合せですが
さすがに話題豊富な皆さん、
初対面でも会話が弾みます。
席順はあえて夫婦で並ぶのを避けてみました。
でも夫婦ってなぜか似ていますので
組み合せはすぐにお分かりでしょう。(^.^)v

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おかげさまで、たっぷり時間をかけて大人の時間を楽しむ事が出来ました。

しかし、最寄りの駅に降りたとたん
よそ行きの大人の仮面を外した私達。

「お腹空いたよね〜!」という意見が一致して、駅前のコンビニで
私は「おにぎり」、ニカさんは「肉まん」を購入。
それを懐に、やっと心から満足して帰路についたのでありました。

2011年11月08日

喜寿祝

今年の夏に大病(だったのか...?(^-^;)..)をした母の、喜寿&快気祝いに招かれて来ました。
ふるさと信州飯田は「りんごの里」なので、市内には堂々とした「りんご並木」があります。
田舎に住んでいる頃は当たり前だったけれど、「りんご並木」って珍しかったんですね。
今見ると実りのこの季節はなかなかの存在感です。
写真は中央道飯田インターの出口付近。
排ガスまみれで少し可哀想な新しいりんご並木です。
(遠目の写真で臨場感なくてすみません!(u_u;))
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弟がセッティングしてくれた祝いの席は地元「昼神温泉」にて。
あいにくの天気でしたが
雨上がりの霧に紅葉がしっとりと映えた良い景色になりました。
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田舎の会席料理の品数と量は半端ではありません。
「お客様には食べ残す程出さないと失礼!」というような
昔から美徳とされた風習は今も健在です。
美味しいし残すのも申し訳なく、ほとんど全部いただいた私...。
一時の快楽のために、この後二三日は禁欲的に過ごさなくては帳尻が合わない。
今年も悩み多き食欲の秋です。
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実家の玄関先で喜寿の母との記念のツーショットを撮ってもらいました。
昔より背はひとまわり低くなってしまいましたが
病後とは思えない回復ぶりが嬉しい一枚です。
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続いては上の写真とのセットで「時空を超えた写真」の特別版です!
私がまだ2歳にならない頃の母とのツーショット。
母は確かに私の母なのですが、今の私から見ると娘のような年頃だった...
と思うと愕然としつつも感慨ひとしおです。

Gopさんやナオチャからは「美子さんって変わらないね〜。」と言われそうです。
自分の事ながら、キャラ的には変化に乏しい人生だと思うよ。
親の代から続いて同じキャラだから筋金入りなんだよね。
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(後日、母より「この時の美子のセーターもスカートも、ベレー帽も、毛糸のパンツまで、みんな、私のお手製だったんだよ!すごくオシャレで可愛かったんだよ。
( ゜ー´)b  」との報告がありました。私も子供の頃はオートクチュールだったのネ。)

母が箪笥から「これ憶えてる?」と出して来たモノ。
私が幼稚園の時に母が作ってくれた上履き入れとクレヨン入れです。
その昔、鮮やかな色と可愛い刺繍で持つのがとても楽しかった、私の初期の持ちモノです。
その後、膨大なモノを手に入れては手離してきた私の、忘れられない一品です。
それにしても、こんなに色褪せてシミだらけになっちゃうんなんて...
一体どれだけの年月が経過したんだっけ?(^-^;).. 
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今回、母から譲り受けて私の物になったモノ。
母の真珠のイヤリングと、父方の祖母から母が譲り受けたアメジストのリングです。
これらは色褪せる事は無いから、一生私の側にいてくれるモノになりそうです。
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弟が実家に入ってくれたのを良い事に、18歳の時に親元を離れたままになっていたけれど
母の病や、喜寿を迎えた事をきっかけに、もう一度自分の原点と向かい合えたような気がする、ちょっと特別な帰省になりました。

2011年09月11日

ナオチャの事

おかげさまで母は驚異的な回復で、術後二週間で退院の後
すでに普通の生活に戻りつつあります。
転移の心配もないため、抗ガン治療も不要との事で一安心。
あっけない程の回復に、改めて早期発見の大切さを実感しました。

先の帰省で、幼なじみの隣のナオチャにニカさんも交えて会う機会が持てました。
ナオチャは私が4歳の時に千葉から信州の実家に戻った時からのお付き合い。
たった半年年上の私なのに、妹のように思える幼なじみです。

ナオチャと私の間を飛び交う飯田弁に時々理解不能に陥る二階堂クン...。
は、さて置き
恐るべし!ナオチャの記憶力。

私の記憶から欠落していた事なのに
千葉から実家に戻った時に、「ヨッチャは何か違う!」
近所のお姉さん達にイジメられた事やら
(確かに千葉弁の私は、飯田弁の皆さまとは言葉が違ってましたが...)
私が小学生の時にランドセルを忘れたまま登校した時の事やら
高校時代に憧れの君に話しかけられて舞い上がっていた事やらを
全部面白おかしく暴露してくれたのでありました。

私だって覚えているよ。
二人の家の間に糸電話を繋いで「モシモシ!」と大喜びで話をしたよね。
お人形さんの髪も切り飽きて、ついにナオチャの髪の毛を切って遊んだよね。
天竜川の河原で、花の首飾りなんかも作ったよね。

結婚して、最初の子供を生んだとき
「もうあんな痛い思いはしたくない〜!」と言っていたくせに
3人もの息子に恵まれて、幸せに暮らしていると思っていたけど
そんな生活の中にも、色々な事があったんだね。

苦労もあったかもしれないけど、今のナオチャは
逞しくて、楽しくて、それでも昔の素直なナオチャのままだった。

ナオチャと私の関係は、子供時代を共有する唯一無二の存在だ。
大昔の写真を探したけど、手ブレのこんな写真しかなかったよ。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン

ナオチャのお土産の松本の葡萄、とっても素直な味で美味しかったよ。
ごちそうさまでした!
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2011年08月30日

回復

一週間ちょっとのご無沙汰です。

丈夫が取り柄の実家の母が「大腸ガン」などというシリアスな病気にかかってしまい
手術&看護のために夏休みを一週間後ろにシフトして信州の実家に帰省していました。

検査による早期発見で、手術自体もトラブルなく完了した事、
基礎体力があったので、回復がとても早かった事などから
術後1週間で復調を見届け、昨日安心して帰って来る事ができました。

手術直後のかなりシンドイ状態はなんとか軽減してあげたい。
熱のある額には「熱さまシート」
目には「蒸気でホットアイマスク」
水も飲めず乾燥する口には「リップクリーム」&「マスク」
首元は冷えないように「ガーゼタオル」のフルコースで
これぞ、至れり尽くせりの看護!
のはずなのに...、なぜか虐待のようなあぶない写真になってしまいました。
(注)本人は「気持がいい〜!」と喜んでいますから。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン

ニカさんも同行して、
母の付き添いをしてくれたり、甥っ子達の面倒を見てくれたり
実家の掃除機がけまでしてくれたり
その合間には、弟と温泉三昧を楽しんでくれちゃったりと、万全の協力体制です。

手術の翌日からは、もう歩かされます。
まだ危なっかしいですが、
この後は日に日に足取りがしっかりして来るのが楽しみになりました。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン




最初に「ガン」と聞いたときはショックだったけれど
この危機をニカさんや弟一家の協力を得て、最高の形で乗り越えられた事は
母にとっても私にとっても、楽しくはないけれど幸せな体験だったとも思えます。

「年寄りの入院時に、その人のそれまでの人生が分かる」
とは、今回久々に再会した幼なじみの直チャの話です。

家族を始め、多くの友人がお見舞いに訪れてくれる母の人生は
良い人生だった(まだまだこれからも続きますが)のだと思います。

幼なじみの直チャの話はまた後日〜。

2011年06月12日

90歳まで現役宣言

18日間の滞在の後、ニカママを横浜まで送りがてら義父の墓参りをして来ました。

こちらに滞在中のニカママは、散歩に出かける前にリポビタンD!をクッと飲み
毎日2〜3時間は散歩して、リュックに野菜を買い込んで帰宅し、
お茶で喉を潤した後は庭いじりも楽しんでいました。
御年82歳。
日本女性の平均寿命86.44歳というのはダテじゃないです。

私は漠然と、自分は長生きしないんじゃないか...と思っていたのですが
あまりに元気な母達のおかげで考え方を改め
90歳まで現役人生に計画変更いたしました。
100歳まで!と言えないところが控えめです。が、
とにかくは、めでたし!めでたし?

帰宅するのに合わせたように、長野のが出張先の新潟から
新鮮なズワイと岩牡蠣を送ってくれました。

こっこれは!この半月あまりの多少の気苦労を慰労しなさい、という
神様からのありがたいご褒美なのでしょうか。
苦労の割には果報が大きいです。
エルグデザイン:東京都青梅市:プロダクトデザイン

善一郎様、とても新鮮で美味でした。どうもありがとね。
サクサクの牡蠣とジューシーなカニを堪能し
おかげさまで十二分な慰労ができました。

90歳まで現役続けるには、慰労も大事だものね〜。
ちょっと飲み過ぎたけど...。


2011年05月16日

長〜い付き合い

丸の内で友だちと再会しました。

女子校時代からの長〜い付き合いです。
現在は田舎の、熊が出るような学校の校長先生してます。
今も昔のままの純な性格で、とても努力家の彼女は
なんと昨年、おばあちゃんになりました。

彼女は音大、私は美大に進みましたが
私が美大に進んだのは、彼女の影響が大きかったと思ってます。

生年月日も近く血液型も同じB型のせいか、とても似ているところがありました。
卒業してからは、ずっと違う道を歩いて来た結果
彼女より私の方が変わったかなあ...と感じます。

それでも逢えば、いつでも気分は昔のまま。
エルグデザイン二階堂美子

私達の高校生時代。京都への修学旅行の写真です。
やっぱり彼女は外見も昔から変わってないなあ。
見せてはいけないモノをお見せしてお恥ずかしいのは私のセーラー服姿。
膝丈スカートに白いソックス...既に古典です。
エルグデザイン二階堂美子

色褪せた写真と共に時代は巡り、まだまだ巡る。
今年あたり数十年ぶりの同級会の話も持ち上がっています。
皆、どんな見事なおばさんになっているのか、怖くもあり、楽しみでもあり。

2011年05月08日

マダム達の気晴らしGW

連休もついに最終日。
おなじみマダムの会が、予定していたマダムバス旅行の計画は次回に持ち越し。

今回は我が家に集まり
「GWの喧噪を避け、誰にも気兼ねせず
昼から夕方までじっくりとおしゃべりしながら
日頃のうっぷん(?)を晴らして、明日への活力を得る!」
という
大変に意義のある企画です。

酔いが回る前に記念の一枚。
東京都 青梅市の工業デザインの事務所:エルグデザイン

持ち寄った飲み物や、食べ物、差し入れ(子供や夫からの) +ピザの宅配 で
夕方まで盛り上がり、飲んで喋って気分は晴れ晴れ!なんて
経済的にも精神的にもなんと賢い妻達なのでしょう。

女同士の会話は、「同調と率直と許容と理解」があり
女として生きる精神衛生上、必要不可欠なのです。
おかげさまで、今日もたっぷりリフレッシュできました。

左のスパニッシュオムレツは 、ニカさんが手作りして差し入れてくれました。
その後は一日中何をしようが自由〜!な権利を得て、ニカさんもニンマリ...で
結局は落語三昧の一日を楽しんだようです。
東京都 青梅市の工業デザインの事務所:エルグデザイン

今年のGWは、ささやかで平和な休日が愛おしくまだまだ名残惜しいのですが、
明日からはスイッチ入れ替えて、新緑パワーモードで行きたいと思います!

2011年05月01日

GW in 上野&新宿

夕方の新宿での集まりの前に、
上野の国立西洋美術館にて開催されている「レンブラント展」を覗いてみました。

GW中で混んでそうだなあ...という心配通りの大盛況。
ゆっくり闇の世界を堪能するのは諦めて、西洋美術館の常設展と合わせて楽しんで来ました。

展覧会のメインは、レンブラントのエッチング(版画)とその技法だったので
常設展にある「奇想の自然-レンブラント以前の北方版画」と比較してみると、レンブラントの成し遂げたかった事が分かるような気がします。

青梅:工業デザイン:エルグデザイン

それにしても上野の森はパンダ人気もあってすごい混みようで
青梅の田舎の空気に慣れ親しんだ身体では酸素が欠乏しそうです。

夕方からは、こちらも人でごった返す新宿。
ニカさんの多摩美の「落語会」の先輩方との同窓会に
私も特別参加して来ました。

新宿末広亭にウキウキと集まる面々は
一見すると普通のおじさんおばさんに見えるかもしれません... が!
ドッコイ、粋で笑いのツボを心得た噺の強者達なのです。
青梅:工業デザイン:エルグデザイン

いつの間にか私も仲間に入れてくれてありがとうございます。
噺家顔負けのおしゃべりに囲まれて
私、「贅沢な客」の身分をとことん楽しませていただきました!

青梅:工業デザイン:エルグデザイン

2011年02月16日

雪・実家・ふたたび青梅

父の七回忌で長野県にある実家に帰っていました。

11日の休日。
昼前に青梅を出たのに、チェーン規制と高速休日1000円の二重苦で
笹子トンネルから甲府間は歩いた方が早そうな大渋滞。
工業デザイン:エルグデザイン
飯田市にある実家にたどり着いたのは夜も八時を回ろうという時刻。
青梅から飯田間も、さすがに8時間は最長記録です。
おかげで暗くて見通しは悪いし、雪は深くなるし...
規制のおかげで危険度増してます、怒!

翌日、実家の庭は雪に埋もれてモノクロの和の世界。
工業デザイン:エルグデザイン
実家先祖代々のお墓は山の中にあります。
雪景色の中での法要は、清らかで厳かで独特の世界があります。
工業デザイン:エルグデザイン
そんな実家で初めて見た、この変なモノ。
ストーブの温風をコタツの中に引き込むダフトだそうです。
(その実態は、首をもたげただけのジャバラの筒)
これで部屋もコタツも床も暖かくなる!!という優れもの...(?)
田舎ではかなりのヒット商品だそうで、
まだまだニッチな商品の可能性も大きいと言う事か...。 (*^^*) 
工業デザイン:エルグデザイン
青梅に帰ってみれば、こちらも負けずに雪景色。
工業デザイン:エルグデザイン
こちらは、私達と一緒に上京した母。
客間の有り合わせのモノでコタツ作ってくつろいでます。
「膝の上にミーコが来ればいいのに..。なかなか手なずけられないなあ..。」などと
言いながらも、久しぶりにゆっくりできてご機嫌の様子です。
実の娘と言っても、母に満足してもらうのはそれなりに大変。
いつも任せきりの弟夫婦には感謝です。
工業デザイン:エルグデザイン
簡単に手なずけられてたまるかニャン。
よくも雪の中、ミーコを残して行ったニャン!
もう人間不信ニャ。
美味しいモノくらいじゃ、許さないからニャン!
工業デザイン:エルグデザイン

2010年10月24日

ニカママ滞在中

ニカさんの母が滞在中です。
今年は春に白内障の手術をして、かなり世間が明るく見えるようになったようで
増々元気でありがたい事です。

「タダの御飯では申し訳無い」と、天気の良い日には
せっせと庭仕事に性を出してくれてます。
健康にも良さそうだし、雑草も綺麗になって私も助かってます。
しかし、先日は庭仕事の後の手洗いを、私の顔タオルで拭いているのを目撃!!
あれはボケたフリの確信犯なのか...?(^-^;).. 
まあ、仕方ないか。もうムキになる気にもなれない私です。
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なんとか手なずけようと、ミーコへの餌やりとブラシがけには
かなり積極的に取り組んでいます。
ヒマな時にはミーコと世間話をして過ごしている様子。
これもボケ防止には良さそう...なのかも。

やや迷惑そうなミーコではありますが。
工業デザイン:エルグデザイン
後は時間のある時に買い物に行ったり、近くの梅の湯温泉でゆっくりしたり、
蕎麦屋の昼酒に付き合わせたりしておりますが、
一番の幸せである最愛の息子とのひと時を楽しんでいただければ
私としては本望です。
工業デザイン:エルグデザイン
なぜか、やや迷惑そうなニカさんではありますが...。

2010年08月28日

25年目の記念写真

遠方から、はるばる友達夫婦が元気な顔を見せに来てくれました。
奥様の方は昨年お会いしたけれど、御主人ヌマヤンの方は本当にお久しぶり!
二人とも少しも変わらないね。

これは写真好きのヌマヤンが残してくれた25年前の私達4人の記念写真。
若くて、無謀で、生意気で輝いていた頃の記念です。
エルグデザインの写真
下の写真は、「あの日と同じポーズで記念写真を撮ってみよう!」
というヌマヤンの提案により、本日残った記念の写真です。
これは人間を中心とした定点観測。
年月を生きても、そうそう人間の本質は変わるものではない...けれど
やっぱりあの頃の自分達はもういない。と感じさせてくれる一枚です。
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それは決して、淋しいとか悲しいではなくて
過ぎ去った年月を、重みを伴って受け入れるという感じです。

本日のお持てなし料理は夏定番のパエリアです。これも一期一会。
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次回はまた違う料理と、また少し年を重ねた者同士での再会が楽しみです。

2010年07月16日

ハナンさんとの再会

16日は東京駅付近にて、クライアント様との打ち合わせ、国際フォーラムにて(株)アロカの展示会へお誘いいただいた後、夕方たどり着いたのは、駅前の丸の内フォーシージンズのバー。
以前にも登場した通称ハナンさん(こう見えても、れっきとした日本人です!)が、丸の内フォーシージンズにて出張ビジネス中のため久々の再会の時を楽しんで来ました。
現在のハナンさんの本拠地はマレーシアのランカウイ。
お土産にいただいた品々からは南の島の香りがします。
左のアロマオイルはとっても優れもの。
カレー調味料も夏には重宝させていただいてます。
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久々にお会いしても、いつもリラックスさせて楽しませてくれる。
彼女の人をお持てなしする心にはとてもプロフェッショナルな精神を感じます。
おまけにひとりで世界中何処へ行っても、土地の人に愛されてたくましく生きて行ける。
とても私には真似できない素敵なキャラクターです。
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今回の日本滞在中に青梅に立ち寄っていただきたかったのに、
残念ながら今年はもう逢えないのかな。
世界中のお酒が揃ったバーで、次回世界のどこかでの再会を願って乾杯!
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...って、私達タップリ飲んで料金を支払ってないのですが...。
ハナン様、もしくはフォーシーズンズの方々、御馳走様でした!


2010年04月12日

おめでとう!

甥達の入学祝いのため、3泊4日で信州の実家へ帰って来ました。
昔はこんなだったのに、とっくに身長は抜かれてます。

久しぶりに合って開口一番。
「おばちゃん、ダイエットに失敗したんだね!」と明るく言ってくれちゃう
観察力の鋭い、とても正直な甥っ子でもあります。
余計なお世話だ! ( ̄□ ̄;)!! 
エルグデザイン
合格祝いはコレ!
ニカさんデザイン初代G-SHOCKの新機能モデルです。
手に「ワーイ」と書いて、喜びをささやかに表現してくれました。
エルグデザイン二階堂隆デザインのG-SHOCK
帰省すると毎回捕まって付き合わされるのがトランプゲームの「大貧民!」
実家に帰るたびに、もう10年以上昔からこれで盛り上がってます。
負けると泣いていた甥達が、ほんの少し前の事のような気がします。
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私が育った家の中庭です。
私の子供時代とは景色がだいぶ変わってきましたが、高台にあって天竜川が見渡せます。
同じ景色を眺めて育つ、君達の未来がどうか明るいものでありますように。
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これからが人生の本番だね。
心から、高校入学おめでとう!


2010年03月27日

甥の合格と父の事

私には双子の甥がいる。今年は揃って(当たり前ながら...)高校受験。
無事に難関の志望高校を、それも二人が全校の一番と二番の成績で合格です!
入学式では新入生総代の挨拶もするんだってね。おめでとう。すごいね〜!

けど...、そこまでの優秀さは一体誰に似たんだろ?
世間では、学者肌だったおじいちゃん(私の父)に似たのだろうと言ってくれる。

亡くなった父に、父と同じ高校に二人揃って合格した事を聞かせたかったなあ...。

そう言えば!父が亡くなる直前の「あと5年生きたかったなあ」という言葉を思い出した。
指折り数えてこの春で、父が逝ってしまってから、ちょうど5年。
そうか、父は二人が高校に上がるまでは見届けたかったんだ...。
嬉しいニュースのおかげで、あの時の言葉の深意に気付きました。
今年の春は嬉しいながらも、父の気持ちを思うとちょっぴり切ない春です。

初節句の頃。子供には厳しい父でしたが、孫には甘〜い父でした。
エルグデザイン二階堂美子の実家1

二人の小学校入学祝いで(私の)父母と。あれから9年経ち二人はこの春、高校生。
この記念写真の後4年で父は亡き人となりましたが、母は今でもバリバリに元気です!
エルグデザイン二階堂美子の実家2

松尾家の皆様。
4月になったらお祝いに行くから待っててね!

2009年12月16日

苧坂さんの陶器展にて

夕方から、毎年恒例12月に広尾のギャラリー旬にて開催される「苧坂恒治展:赤絵彩紋」に行って来ました。
苧坂さんの仕事のパートナーでもある奥さんは私の大学時代の学生寮仲間キムちゃん
木村が旧姓のキムちゃん、私美子はビコ
おばさんとなった今では恥ずかしい気もするけど、こうとしか呼べないものなのです!
昔は茂木にあった窯を訪ねた事もあったけど、
北海道に窯を移ってしまったキムちゃんとの再会は実に23年ぶり。
人が何と言おうと... 本当に変わらない、昔のままだね〜!
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ここで私達の暮らした頃の女子美:和田寮のご紹介:
昨年閉鎖された女子美の和田寮は、上級生との4人部屋。
門限は基本的に8時、消灯は11時。
外部からの侵入者を防ぐためか、もしくは夜に寮生が抜け出さないためか?、窓は小さくしか開かず、建物の外には堀があり、塀には鉄線が張られているという難攻不落の城。
消灯後はキッカワ寮官の見回りがあり、どんなに毛布でドアを囲っても消灯違反は見破られ、うるさいとしかられ、夕食も早めに行かないと、ご飯が残っていない...。
という大変人間が鍛えられる寮なのでありました。
そんな寮とも知らず、頼る人もなく、ぽつんと一人で上京した18歳の子羊のような私達。
キムちゃんはそんな懐かしい時代の思い出を共有する仲間です。

キムちゃんはおじさんになったニカさんとも23年ぶりで、
最初は誰なのか分からなかったらしい。
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いつしか苧坂さんとニカさんも二十数年の付き合いとなりました。
ジャンルは異なってもモノづくりの精神は共通なので気が合うみたい。
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毎年の顔なじみになって、なんだか同窓会みたいな雰囲気です。
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オープニングパーティーの最初から居座り、最後まで居残る私達。
キムちゃんとの別れの時間はちょっと涙ぐみそうになったよ。
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これが今年我が家に追加されたコレクション。カップは焼酎用にします。
クロ招き猫はキムちゃん手づくりの作品をプレゼントしていただきました。
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後ろ姿も可愛いよ!
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これまでで苧坂さんの赤絵彩紋のコレクションも随分と揃いました。
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この器に盛ると、とても食卓が華やかになるので、
毎日どれかひとつは使って楽しんでいます。

この展示会は12月20日まで開かれていますので
興味をもたれた方は是非立ち寄ってみてください。
「ギャラリー旬」注)←こちらは2005年の情報です。

2009年10月31日

御先祖様

我が家に仏壇は無いけれど[二人の父親の遺影に毎晩、一献+おつまみセット付き!を進ぜて一日の無事を感謝する]という習慣がいつの間にか定着した。
「今日もありがとうございました。二人とも飲み過ぎには気をつけてくださいよ。」
な〜んて、冗談とも本気ともなく語りかけてみると、父達の魂が一緒に晩酌を楽しんで
くれるようで、亡くなってしまったという感じがしないのが不思議だ。
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そしてある意味、ご先祖様であるニカさんの母は、この2週間程我が家に滞在しておりました。本日は帰宅するのに合わせて送りがてら、久しぶりに横浜にあるニカさんの父の墓参りです。
せっかくのツーショットなのに、もう少し良い顔できませんか?二階堂君。
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本音を言えば、私達はこのお墓に入る気もないし、父の魂がお墓に眠っているとも感じていない。
二人とも散骨にして欲しいし、亡くなった大切な人の魂はいつもそばにいてくれると感じている。なのでこれはニカさんの精一杯の母親孝行です。
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そんな私達の気持ちを知ってか知らずか、ニカ母はとても喜んでくれたので
本日の任務は達成。
私の母からも、もう一期同窓会長を務めるとかで元気満々の連絡がありました。
何と言っても生きてる御先祖様が一番ですからね!

2009年09月13日

一箱の秋

長野の実家の母から、一箱の秋が届きました。
相変わらず元気そうで、逆にこちらの心配までしてくれている手紙付きです。
ポパイのホウレン草ならずとも、食べたら元気になりそうな秋の恵みです。

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2009年08月30日

青梅マダムの会

先週に引き続き、おかげさまで今週末もエルグデザインはお仕事です。
いつの間にか、曜日に束縛されない生活もすっかり板についてます!

そんな私の今週の息抜きは、ご近所青梅マダムの会
近くに住んだ事がご縁の始まりで、こちらもいつの間にか
切っても切れない(?)縁の女友達です。

皆、性格違うし、仕事も違うし、苦労 (^-^;).. の種類も違うんだけど
気の置けない心休まる話ができて、気分転換には最高の仲間です。

阿吽の呼吸で、笑い合って、突っ込んで、認め合って、許し合って
後には残さず、次の日からまた少しだけ生まれ変わる勇気が出る。
着かず離れず側に居てくれて、心強いよ。ありがとう。

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ボケボケ写真で、残念!だね。

2009年07月21日

時空を越えた再会の巻

遠方より友来たる。実に二十数年ぶりの再会となります。

カシオの最初の女性デザイナーとして同期入社したNさんは
まだまだ女性差別のあった時代に、共に励まし合って来た戦友のようなもの。
当時から、本音を隠すことなく語り合えた仲です。
もちろん、ニカさんにとっても気を許せる女友達なので
我が家に立ち寄ってくれるのは大歓迎!

しかし、年賀状のやり取りはあったものの掛川と青梅に離れてしまったこの年月。
急に埋められるものなのか...。若干の不安と再会への楽しみでドキドキです。

しかし、会ったとたんに、時空を飛び越えました。
Nさんの昔から変わらないテンポの良い会話で、不安も吹き飛ぶ大爆笑!
エルグデザインにての再会
これ、当時の記念の写真。お互いにホッペタが気持ち良〜くノビてます!
二階堂美子のカシオ時代の写真
そして今、再会を記念して同じポーズで撮ってみました。
しかし、ちゃんと元に戻るか心配なので、恐る恐るです。
エルグデザイン事務所前で久々のポーズ
年月は私達に小じわを与えたものの、昔からの友情には何も影響を与えなかったのだ。
お互いに、心も身体も少しだけ丸くなったけどね。

Nさんは、人間社会への分析力がとても鋭いので、様々な会話から
「今、私たちの生活の中にある大切なもの」に気付かせていただきました。ありがとう!

あまりにも積もる話が楽しすぎて、まともな記念写真も撮るのを忘れたくらい。
取りあえず、夕食の手巻き寿司、朝食のフレンチトーストだけは写真に納めました。
二階堂美子の夕食 二階堂美子の朝食
次回はヌマヤンも含めた4人で、再会を果たしましょう!

2009年05月27日

同窓会で母上京

母が私たちの母校(高校)の同窓会長になる顛末は、昨年の3月「母に起こった大変な事?」に書いた通りです。
その後は想定通り、忙しくも充実した日々を送っていてくれるようなので、安心な日々を過ごしておりました。

しかし季節は巡り、今年もやってまいりました、同窓会の関東支部総会
今年は関東支部会の80周年記念大会という大きな節目です。
母も本部の同窓会長として昨年に続いて招待されて参加するとの事なので
さすがの私も、今年は少しばかりの親孝行のつもりで参加を決心しました。

母が言うには「同窓会に参加することは誇りである」との事です。
80年昔といえば、昭和4年。
まだ長野の地元から東京への電車も通じていない時代
長野県の女子高の同窓会を東京で開催した先輩方
その後、戦争を経ながらも同窓会を継続させて来た先輩方。
その原動力が「誇り」である、ということは無欲にして美しい行為だと思います。

その「誇り」という価値観も私達の世代くらいから変わりつつあります。
20年程前から男女共学になり、現在は男子生徒の方が多くなったそうです。
女子校時代が長いため、今回の関東支部の参加者350人中、男性はたった2名ですが
(ある意味、勇気ある行動!)今後、男性会員の参加が増えて行く事で、同窓会の意味合いも変わって行くのかもしれません。
それは「誇り」から「実」に変わる事かもしれませんが...。

参加して良かった事は、18の年で卒業してから一度もお会いしていない、恩師の先生や同級生たち(クラスは異なっても)にお会いして、今の姿がスーっと昔の顔と重なる不思議を体験した事と、完全に記憶から抜けていた思い出が、同級生との会話がきっかけで鮮やかに思い出した事。
母なぞは、70過ぎて五十数年ぶりに友人に会っても18の頃の顔がダブるそうです。
その事実、今なら信じられます。

総会で祝辞を述べる母
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いつも不思議なのですが、別な家から出て来たのに洋服の趣味が被っている...
母とのツーショット。
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その後、母は2泊3日で我が家に滞在して、久々に母娘の時間を楽しみました。
母も昔は160cmを超える身長があったのに、手術したせいもあり
今では10cmも小さくなってしまいました。背中も曲がってしまったな。
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何はともあれ楽しんでくれて、昨日無事実家に帰宅したので一安心。
この3日間は、忙しくもそれぞれの道を歩くための良いカンフル剤となりました。

2009年05月04日

パエリアランチ

外ランチに最高の季節がやって来ました。
本日の二階堂シェフのメニューはパエリアとスパニッシュオムレツ&サラダ。
我が家の外ランチの定番メニューで、暑い季節にピッタリです。
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本日のお客様はご近所のみーさん。
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シェフ自ら取り分けていただき、これからゆったりと夕方までの
ご機嫌ランチの始まりです。
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そうそう、忘れてはいけないのが、もう一匹のお客様。
家の中だけでは可哀想という事でランチの間、紐で繋ぎながらも外に出してみました。
ショウブの葉を食べて毛玉を吐いてみたり、ミヤコワスレの中に顔を突っ込んだり、
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ミーコのお気に入りの場所を陣取ってみたりで、ご機嫌です。
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さすがに最後は疲れたみたいでお休みです。はい。
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カネゴン、旅先で見てる?茶々丸は元気ですよ〜。私の手は怪我だらけだけどね!


看板にゃんこへ 

2008年08月11日

義母の長期滞在

またまたご無沙汰してました。連日猛暑日が続き、ビールの美味しい夏休み日和です。

さてさて私達は異例な夏を迎えております。
というのも、ニカさんの母が6月に3週間滞在の後、一旦は義姉の元に帰ったものの、また7月末から2ヶ月の予定で、我家に滞在中なのです。
青梅滞在期間は、なぜかだんだん頻繁で長〜くなって行きます。(^-^;).. 

ニカさんいわく「お袋が来ると、家の空気が変わってしまう...」そうです。
私にも、今まで100%自分達のお気に入りだった「家」という空間が、そうでなくなってしまったストレスがあります。
衣食住への価値観の違い、所作の違い、会話の内容や言葉の選び方の違い。
観たいTVの違い、ニュースへの反応など、義母との生活感覚は全く異なります。

善悪の問題ではないし、今更お互いに変われる気もしないので、距離を置くか許容するしか道はありません。
そんな訳で、この2ヶ月は、私達と義母が、どうやって距離を保ちながら共存するかの試行錯誤期間中です。

私は昼間はベッタリ義母の相手をしない分、夜は腕によりをかけて御馳走を用意して、せめて晩餐タイムは皆で大いに楽しもうと努力します。
でも濃い味好きで小食なお義母さんにとっては薄味に感じたり、こんなに色々食べられないよ...と言った所なのかな。「美味しい..」とは言いながらも、あまり美味しそうに食べないお義母さんの顔色を気にするのは疲れるのでもうやめました。せっかくの美味しい料理なのになあ...。

ニカさんは、100%私の味方となって、いつもより更に家事に協力してくれて連日奮闘中です。お義母さんが黙〜って御飯を食べていると「旨い!ウチの晩ご飯は世界で一番美味しい。毎日金メダルだな〜!」なんて、かなり意表をつくコメントを出しながらも、精一杯私に気を使ってくれてます。
私の義母に対する愚痴にも大きくうなずき「全くだよね!ボクもそう思うよ。」なんて言ってくれると、ちょっと可哀想になっちゃうなあ。

お義母さんはお義母さんで、ニカさんが「小倉アイスが好き」なんてポロッと言ったものだからその後のウチの冷凍庫には、気がつくと小倉アイスが補充されています。悲しいまでの親心です。
お義母さんにとってはいつまでたってもニカさんは小さい頃のタボちゃんなのだなあ。
でもニカさんは、「もう小倉アイス...食えん...」らしい。

と言ったように、それぞれの努力が少しづつズレて報われない。
おかしくもそれぞれが少し切ない、我が家の暑い夏はまだまだ続きます。

2008年03月30日

母に起こった大変な事?

先日の夜、長野の母から電話があった。「美子...大変な事になった...」という暗い声に「どこかが悪いの!」と慌てた私。
「実は、高校の同窓会長に推薦されて断れない。やりたい事は色々あるのに、同窓会長になったらこれからの2年間が大変な事になる〜。」
...まあ、ここで病気というわけではなさそうなので、一安心。(u_u;)

創立100年を超える女子校の、母も私も同窓生だ。(現在は共学)
東京にも支部があるのだが、大先輩方々のパワフルで優雅な集まりに、私はちょっとばかり引いている...。

「それでも、引受けるつもりでしょ?」と聞いてみたら「正直な気持ちは、もう同窓会は引退して日本画やハーモニカをやりたい」との事。
そうかそうか、もうこれまでの二年間も副会長やってたんだっけ。
「もう充分やったんだから、断ればいいじゃない。
同窓会の為に、残りの(少ない?(^-^;)..人生を犠牲にする事ないよ」
「私は同窓会には参加する気になれない」と言ってみたら、それがなぜか不満そうなのだ。
「そんな美子には私の気持ちは分からない!自分で決める!」と怒った。
(●_●;)

その後は、当然ながら自分の意志で(?)同窓会長に納まり、忙しいらしく、電話もめっきり来なくなった。と思ったら「皆が祝福してくれてありがたい、頑張っている!」との事。

私と母の大きな違いはここだ。
地元に根付いて、人脈を広げ、活躍する母を、尊敬はできても決して真似はできない。逆に母は私のように、身一つから遠くの土地でなんて暮らせないそうだけど。

取りあえずこれからの2年間、母は大病する暇もなく、弟のお嫁さんに小言をいう暇もなく、畑から帰った後は、東京で買ったウィッグをかぶり(もう2つになったしね)オシャレして、同窓会や趣味の世界へと飛ぶような毎日を送る事になるのだろう。
なかなか見事な老後である。