スタッフ紹介二階堂美子気まぐれ日記家族


2017年9月 1日

母へ付き添い

母が直腸の手術をする事になり、付き添いのために帰省してました。
ニカさんは私の母を、友達か同志のように感じてくれているので、今回も応援のために仕事持参で同行してくれました。

最近は心配してもしようがない事は考えすぎないようにして来ましたが、今回は手術に挑む母の気持ちに救われた部分もあります。

母はこれまで大変な事も多かったけれど、頑張って色々挑戦し、努力も実り、充分に満足できる恵まれた人生だったので、いつ死んでも後悔はないそうです。
もちろん手術で病が治ればまた元気に人生を謳歌したいと思いますが、後は成るように成るさ!の心境が周りを楽にしてくれていました。

結果、手術は無事に完了し、懸念された後遺症もなく、術後の経過も順調で一安心。

心配してもしなくても、この結果は変わらないので、取り越し苦労とは本当に無駄な毒ですね。

手術中の親族の待合室にて。
医者の卵の聡一郎も、手術の付き添いに名古屋から駆けつけてくれました。
患者の家族の心境を体感したのは、将来のためにも役立つ経験になったと思います。
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私は、術後2泊3日で病室で付き添いましたが、初日は何かと介護することがあってほとんど眠れず、翌日は頭の芯がジ〜ンとした状態。
動けない母からは都合の良い召使いのごとく使われ、食事はまともに取れず、もちろんお酒も抜き!
運動不足になってはいけないと、せっせと病院の階段を登り降り。
さぞや痩せただろうと期待して帰宅後体重計に乗ったら、全然変化なし...。
理解不能です。(▼▼#)
手前はラベンダーのポプリです。
乾燥したラベンダーをリボンで結んだもので、リラックスするとても良い香りがしたので、病院の売店で買ってきました。
アロマテラピーの効果にも期待します。
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母は、ちょうど6年前にも手術入院をしていますが、その時は100人近くのお見舞いがあり、病室の前に列ができてしまったという逸話の持ち主。
それは気が紛れて大変にありがたかったのですが、やはりゆっくり休みたいし、2回目のことでもあるので、今回は誰にも知らせずに入院しました。
もしこのブログを見た方が母の事を知っても、そっと忖度をよろしくお願いいたします。

病院7階からは風越山が一望できました。
花の女子高生の3年間は、この山への登山マラソンという過酷で大嫌いなイベントがありました。
苦しかったからこそ、懐かしい山です。
あれからウンウンウンウン10年。
随分色々な山があったなぁ...と、しみじみ高校生の自分に語りかける気持ちで眺めました。
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本日、もう一人の甥の俊太郎が希望する学部の大学院に合格したという知らせがありました。
嬉しいニュースで、ますます元気になってくれそうな母からの電話でした。


2017年5月 7日

GW家族の風景

このGW後半は、父の十三回忌で信州の実家に家族が集まりました。

実家のお墓と氏神様は、山の中腹の雑木林の中にあります。
静粛な空気が漂っていて、気持ちの落ち着く場所です。
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婿殿ニカさんも、お掃除で氏神様の山を清めてくれました。
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父は亡くなった後も、いつも私たちの側で見守ってくれていると感じています。
なのでこの場所に父が眠って居る気はしませんが、お墓は冥界との扉のような気もします。
ご先祖様に合掌。
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甥達は勉強や部活に忙しいながらも元気で青春しているようです。
私の右の聡一郎は、災害の時には人命救助もできるスーパードクターを目指しラグビー部で身体も鍛えているそうで、丸太のような筋肉になっています。
...が、鍛え方を一歩誤ってただいま無念の骨折中。
気の優しい所があるので医者として生命に向き合えるのかと心配しましたが、今では食事中に人体解剖の話ができるまでに逞しくなりました。
母の右の俊太郎も、スーパーケミストを目指してウエイトリフティングで身体を鍛えているそうで、これなら徹夜の実験にも卒業論文にも十分に耐えられそうです。
母は間も無く齢83になりますが、まだまだ元気で自分で人生の楽しみを見つけてくれているのがありがたいです。
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昨日、渋滞に巻き込まれながらも無事帰宅。
本日は早速、ニカママが花盛りの庭を見に我が家に立ち寄ってくれました。
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我が家の花は、今は無きニカさんの実家から移植したものが大半です。
ニカさんの実家に行く度に、ニカママが庭から掘り起こして袋に入れて渡してくれました。
ニカママが我が家に滞在中には、どこからか花を買って来て植えてもくれました。
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そんなたくさんの花達が、この春はニカママに綺麗な姿を見せて癒してくれているのは、ほんのり素敵な気分です。

2017年4月13日

30年目を迎えました

この4月12日で、結婚30年を迎えました。

日々のほとんどの時間を一緒に過ごす夫婦ですが、喧嘩をする事なく、倦怠期もなく、話す事は尽きずに30年。
勢いで結婚した当初は、先が危ぶまれる二人だったと思いますが、すっかり安定感のあるおじさんとおばさんになりました。
今でも100%互いを理解することは不可能ですが、100%信頼できるパートナーでいてくれてありがとう。

結婚30年...という事は、エルグデザインも今年で設立30年なのであります!
2人ユニットの零細自営業で、30年も続けて来られたのは奇跡的かもしれません。
色々と山谷はありましたが、好きなデザインを生業にしてここまで生きて来られたことは、ひとえに幸運と、応援してくれた皆様のおかげです。

記念日のディナーは、近くのビストロにてアラカルトをいただきました。
筍とフキノトウの苦味のあるパスタが、春らしくて新鮮でした。
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できるものならあと30年ほど、仕事を続けながら二人で暮らす奇跡が続いてくれますように。
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2017年3月12日

旅の置き土産

何はともあれ、弟一家の春の民族大移動は無難に終わってくれました。

手前にあるキューバ料理の本とキューバペソ紙幣は、キューバを旅した甥の聡一郎からのお土産を母が送ってくれました。
スペイン語の読めない料理本と、カバンの底に入れたまま忘れられて日本に付いて来てしまった使い道のないキューバペソ。
お土産に、実用性を求めてはいけないのです!
ページをめくりながら、キューバ料理の香りを想像したり、ヨレヨレのキューバ紙幣を栞にしつつ、未踏の地キューバを想像してみます。

左後方のタイのChangビールと、ハーブ石鹸はタイを旅して来た甥の俊太郎からお土産です。
お土産は、実用品に限ります!
ライトでほのかに香るアジアンビールと、自然なハーブ石鹸の香りに癒されます。

お土産2.JPG


俊太郎は、9日の夜に羽田空港に到着し、深夜12時にやって来ました。
2泊の予定で我が家をベースにしながら、上野の美術館、神保町の本屋、浅草を巡ります。
まる1日くらいロクな食事をしていなかったようで、深夜にもかかわらず旅の話をしながら1時間かけてゆっくり和食の夕食を食べ尽くし、その後追い立てるようにお風呂に入らせたものの、私も眠りに付いたのは2時半頃。

翌日10日は、午前中に御茶ノ水でデザインのプレゼンがあるため、私は5時半起きの強行スケジュール。
ニカさんが美味しい朝食を作ってくれて、眠り足りない俊太郎を起こし、慌ただしい中全員で家を出て、なんとか無事にプレゼンも終了!

ここでやっと一息つき、緊張がほぐれてグッタリ...、という訳には行きません。

皆で一旦新宿で合流してランチを食べて別れた後は、買い物してから夕餉の準備にかかります。
昨夜の食欲を考えても、相当量のご馳走を準備しなくては!

野菜とベーコンのアヒージョ、殻付きソラ豆のオーブン焼き、有頭エビの塩焼き、菜の花のおひたし、メインは魚介・卵焼き・野菜の手巻き寿司(寿司飯は三合)。
これだけ準備すれば十分でしょう。

夕餉は19時から23時頃まで。大いに話して大いに食べて、私達の3食分くらいの量を軽くたいらげた俊太郎は、デザートも食べた後に、また昨夜の豆ご飯の残りを平らげるという食べっぷり。これでやっと腹八分とは..トホ...。
これだけ食べて、身長178cm、体重80kg、体脂肪は 14%らしいです。
若いって、代謝がいいのね。(^-^;)..

4月から大学四年生になります。
まだまだ育ち盛りです。
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こんな思い出も、旅の楽しい置き土産でした。

2016年9月21日

母守り帰省

実家の母と同居している弟夫婦が、仕事(半分遊び)で中国に出かけるシルバーウィーク。

母は「一人でも大丈夫!」と言うのに、弟が「母一人では心配なので、都合がつけば遊びに来てくれ。」
私は「お盆に帰ったばかりだし、母が大丈夫というなら大丈夫かな」と思ったのですが、ニカさんは「広い家で一人では心細いだろうから行ってあげよう。」
こういう時は、男の人の方が優しいみたいです。

ニカママも同行して、またもやハハーズ再開!を予定していたのですが、風邪ぎみでドタキャンになり、結局二人で帰省し3泊4日で母守りをしてまいりました。

私達夫婦 + 私の母の3人組は、これまでにヨーロッパと東南アジアを一緒に旅した気の合う仲。
ニカさんと母は、二人で深夜までおしゃべりしても話が尽きないという、私にとっては幸運な関係です。

あいにくの天気でしたが、話題に花を咲かせ、大いに食し、買い物を楽しみ、温泉に入り、各々自由に過ごしました。
話題は、一緒に行った旅の思い出話や、現状の報告やらに、いつの間にか「終活」が加わっています。

今回はシャッターチャンスがなく、唯一の母娘写真。
母は、体力的には寄る年波には勝てないそうですが、気力はまだまだ充分。
近頃は自分が歳を取って、親子関係が逆転しているのを面白がっている節があります。
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読書三昧だったニカさん、我が家を離れればこそ得られるゆったりタイムです。
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3泊4日はあっという間でしたが、帰宅してみたら秋の長雨のおかげで事務所の庭は、ワンダーランド!
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直径10cmはある白いキノコの正体を調べてみたら、シロオオハラタケといい、食用にもなるらしいです。

青梅地方は信州の実家より肌寒く、帰宅早々に作ったのは今期お初のけんちん汁。
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自家栽培のキノコは...、残念ながらご遠慮しておきました。

2016年8月19日

2016お盆de帰省

ブログアップが遅くなってしまいましたが、お盆は3泊4日で信州飯田の実家に帰省してました。
田舎のお盆の風景を少し残しておきたいと思います。

天竜川沿いの旧堤防の左側の茂みは、子供の頃遊んだ実家の畑のあった所です。
洪水が頻繁に起こる水浸き畑だったので、今では区画整理されて作物禁止の野生地帯。
私にとっては、思い出のタイムカプセルのような懐かしい場所です。
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散歩の途中にヤギと遊べる、田舎の幸せ〜!
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レストランの看板が田舎の風景にマッチして良い感じ。
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お盆のお墓参り。
実家のお墓は、山の中の深い木々に囲まれて、ずーと昔からの丸い石のお墓も残っていて、ご先祖様が眠っている場所ですが、私はここには入る予定なし。
散骨か、樹木葬が希望です。
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毎日迎え火を焚く担当は、焚き火好きな婿殿ニカさんでした。
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弟は夏休みに入った途端に座骨神経痛に襲われ、激痛に悲鳴をあげる毎日。
甥達の成長ぶりも面白い。そんな夏の家族写真です。(☟クリックで拡大)
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婿殿、庭の水やり係もありがとうさんです。
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打ち水された涼しげな庭にて、母と記念写真。
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最後は送り火で、ご先祖様の魂を天にお見送りしました。
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弟のお手製の2kg弱のローストビーフ。
上手く作るコツを聞いてはみたけど、2kgの肉はちょっと荷が重い。
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お盆最後の夕食中に、隣町の時又の灯篭流しの花火が始まりました。
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いざ!花火の良く見える部屋に移動して、最後までのんびり花火見物。
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こんな田舎があって、良かったなぁ。

2016年6月 5日

病院にてハハーズ再会

ニカママが緊急入院してからのこの12日間は、これまでに体験したことの無い世界を覗いてまいりました。
実際に日本の福祉は、有効に利用さえすれば、想像以上に充実しているのだと感じます。

後期高齢者の医療費は、国で厚く保護されていることを知りました。
●医療費の支払いや、退院後の生活面での相談に、病院から「相談員」がついて適切なサポートをしてくれるありがたさも知りました。
●要介護認定者に付くケアマネージャーさんは、要介護者やその家族の問題にも親身になって相談に乗ってくれることも知りました。
●弱者に法的な問題がある場合は、「法テラス(日本司法支援センター)」という国の支援があることも知りました。
●公的機関の情報収集へのインターネットの有効性も改めて感じています。

最近は病院通いとトラブル解決のために仕事に没頭できない日々が続いておりますが、これも幅広い経験と情報収集に繋がる貴重な体験と感じています。
人生は前向きで生産性のある日々ばかりではありません。
今は、自分たちの時間は無尽蔵に取られ、前進はなく、疲れも感じます。
こういう時こそ自分の底力を試されている時なのでしょう。

週の半ばに、私の母がニカママのお見舞いに訪ねてくれました。
今回は、たった1回、病院にて1時間ほどのハハーズ再会です。
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お互いに再会を喜び、再会を誓う良い時間が持てました。
「希望」という言葉が持つパワーも、改めて感じています。

2016年1月 4日

故郷のお正月

改めまして、新春のお慶びを申し上げます。

この年末からお正月は、信州飯田の実家で過ごして来ました。
近頃では昔から伝わる年末行事の風習は簡略化してしまいましたが、育った田舎には特別な愛着があります。

実家では、手作りのお供えが所々に飾られて新年の準備がされていました。
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子供の頃、良く遊びに行った天竜峡まで散歩に行きました。
実家の近くでは川幅の広い天竜川ですが、溪谷に入り穏やかな深緑色に変化します。
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昔ほどの賑わいがないのが少し寂しいです。
観光客がいないのが、もったいないほどの美しさ。
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これが恐怖の吊り橋、「つつじ橋」です。
高さで目がくらみ、頼りないロープで、歩くとかなり揺れます。
子供の頃は走って渡れましたが、数十年ぶりに渡ろうとしても足がすくんで動けません。
スリルに燃える方は、ぜひトライしてみてください。
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天竜峡から実家までは、こんなのどかな道が続きます。
例年になく晴天で暖かな天気にも恵まれました。
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年が明けて元旦の0時から、甥っ子たちと地元の「川路神社」に初詣に出かけました。

入り口の鳥居から140段程(だったと思います..)の石段が続きますが、その足元を竹筒に入れた蝋燭が照らしてくれます。
これが幻想的で、暖かくて、とても厳かな気持ちにさせてくれます。
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竹筒の一つ一つに、工夫が凝らしてあります。
一つづつユニークな手作りで、蝋燭に火を灯すのも大変な労力だと思います。
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蝋燭に導かれながらキツイ石段を息切れしなら登ると、太鼓の音と薪の炎が迎えてくれます。
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甥っ子たちは、同級生達に出会って四方山話。
甘酒が振舞われ、そこらで知った顔と、火を囲みながら新年の挨拶が交わされています。
混雑する都会の神社では味わえない素朴な初詣です。
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新年の記念に、家族写真を撮りました。
門松は、山から木を採って来て作ったという弟の手作りです。
学生生活にも慣れてきた甥たちの成長も、頼もしく感じました。
母も元気でありがたく、お嫁さんには大変お世話になりました。
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エルグデザインは、5日から本格始動いたします。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
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2015年10月 1日

無事に完了!

シルバーウイーク直前から、ここまで、少しのロスもアクシデントもあってはならない緊張の日々が続いておりました。

と言う割には穏やかな風景ですが、これが私の原風景、実家からも見え、子供の頃から遊んだ天竜川の河原です。
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どこが緊張かというと、実家の弟夫婦が留守の間、実家の母のお守りを兼ねてニカママも一緒に帰省していたのもひとつ。
高齢の母と渋滞の高速道路を車で移動し、3泊4日で慣れない環境に連れて来るのは気を使いました。
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実家は信州飯田にあり、昔は田んぼと桑畑しかない田舎だったのですが
『ココロファームビレッジ』などというオシャレな施設が出来ていました。
イラリアンレストランもあるので、皆で出かけて来ました。
自作の野菜を使った料理は美味しく、偏食のニカママにも気に入ってもらえて良かったです。
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そんな表面上はのどかな田舎でのひと時、ニカさんは持参したアイデアスケッチの仕事を、淡々とこなしました。
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実家から無事に青梅に戻ってからも、ニカママのお世話をしながらの、納期ギリギリの仕事にアップアップ。
焦っている時に限ってPCのアクシデントが起こるものなので、緊張に慎重を重ねてデータ保存!

そんな中の唯一の息抜きが、ご近所マダム会。
カネゴンも私も要支援がお家で待っているので、今回はランチのみの軽い集まりです。
な割には、たくさん飲んで食べてお喋りして、心に溜まった疲れをドップリ捨ててまいりました。
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シルバーウイーク明けの仕事の提出を無事に終えると同時に、ニカママはニカ姉夫婦のお迎えでお帰りになりました。

ホッとする間もなく、そこに間髪入れずに半月前に再発注したiMacが納入です。
PCが新しくなると、PCの使い方から、ネットからソフトの使い方までわからない事だらけで、いつもの調子が狂っちゃうのですよね。

ブログの更新もままならずでしたが、やっと3日目の本日から新しいMacの軌道に乗れました。
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親、仕事、そしてPC、同じ土台では語れませんが、どれも欠かせない重要な事が同時に嵐のように吹き抜けた感じです。
めまぐるしい半月が終わり、やっと無事に完了の報告ができました。
心底、ホッとしています。

2015年7月19日

ターミネータと昔の写真

ターミネーター:新起動/ジェニシスを観て来ました。
最初のターミネーターから早くも30年! (*^。^*)
今回が5作目であり、新しい世界の幕開けでもありました。
予想を大きく裏切りつつも、ファンサービスを意識したエンターテーメントに徹した作品です。
既製のストーリーの壊し方のスケールの違いにもまた、大きな刺激を受けました。
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そんな週末、いとこのK子ちゃんから連絡をもらいました。
私が母から借りた昔の家族写真をスキャンして、汚れを取って再生したものをK子ちゃんに送った御礼です。
「初めて母の姿を見られて、本当に嬉しかった。」
K子ちゃんの母(私の母の姉)は、K子ちゃんが3歳の時に病気で亡くなり、その後新しいお母様が来たので、これまで実の母の顔を知らなかったそうです。
切ないかもしれないけれど、喜んでもらえて良かったです。
これが62年前、K子ちゃんの母の結婚写真です。若い頃のK子ちゃんにそっくりです。
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まだ23歳。これから5年後に一人の女の子を遺して逝ってしまう事など想像もできない綺麗な人です。
そして、その女の子が60歳を過ぎておばあちゃんになった後に、この写真を見て、初めて母の姿を知るという運命の切なさは、ターミネータの時空観とリンクしました。

もう一枚の写真。
この写真の中の一番小さな女の子が私の母で、昭和13年当時の私の母方の家族写真です。
K子ちゃんのお母さんは、右側のセーラー服のお姉さん。
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私には、母とその母の血が濃く流れているなあ...と感じさせてくれます。
それは、安心感であり、懐かしさであり、DNAの不思議さでもあります。

2015年6月 3日

ハハーズと同級生

約3週間の「ハハーズ:我が家にて介護付きリゾート生活2015」は幕を閉じ、ハハーズ達は各々のホームベースに無事に帰ってくれました。
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私達の日常は、生活と仕事が渾然一体です。
そこにハハーズが加わるととてもややこしく慌ただしい事になりますが、今年も喜んでもらいながら乗り切った自分達を褒めてあげる事にします。
帰ってすぐは、そこかしこにハハーズの気配が残っていて、まだどこかにいるような錯覚がありましたが、それもだいぶ薄れ元の生活に戻れつつ有ります。

そんな中、今年も高校の同窓会・東京支部に参加して来ました。
今年は幹事年ではないので、集まった同級生は少ないのですが、信州の田舎の思い出話で盛り上がりました。
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冬に凍らせた田んぼで滑った「下駄スケート」(今残っていたらお宝かも!興味のある方は検索してくださいね)の話なんかができる貴重な仲間です。

恩師のお話の中にありましたが、女子校当時の教育方針は
「男性に頼らなくても生きて行ける、自立した女性を育てる事」だったそうです。
女子校は、文化祭でも部活でも全て女子のみで行い、頼る相手などいなかったのが実情ですが...。
今も皆それぞれ仕事を持ち、家庭と両立しつつ逞しく生きています。
教育方針のおかげさまさまです。


2015年5月24日

ハハーズとZoo

今年2015年も、毎年5月が恒例になったハハーズが集結しました。
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今年からはふたりとも、距離を歩くには杖という補助具が頼りになりました。いくつになっても親は子に、無言で人生を教えてくれるようです。
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そんなハハーズは、目的があると俄然やる気を出して歩いてくれます。

一昨日は夏服のショッピングに熱く燃えたハハーズですが
今日は気分を変えて、近くにある動物園へ連れ出しました。
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ふたりとも80歳を過ぎているので入園は無料。
車椅子も1台借りて交代で初体験です。
幾つになっても、新しい体験ができるから人生は面白い?!
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親の杖見て...、これからも毎日のウオーキングを欠かさない事を心に誓う私であります。
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ニカさん、結構な親孝行中。
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歩けば食事も美味しいし、話題も出来るし、良い刺激になるようです。
毎日10品〜20品の田舎風健康料理作りとサービスをニカさんとこなしながら、一期一会の心構えで望む心境になっています。
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2015年5月18日

猫 vs おばあさん

ニカママが滞在中です。
世間で言われる嫁姑問題は、幸いにも我が家では無縁です。
なぜかというと、ふたりの性格が違いすぎて争う接点がないから。

どちらかと言うと不思議ちゃん系で、我が道を行くニカママなのです。

偏食で小食のニカママに栄養を付けてもらおうと、食事には気を使います。
ニカさんも、ランチにニカママの好きそうな料理を作ってくれて、親(&嫁)孝行しています。

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ニカ「この料理は、オリーブオイルとアンチョビを使っているんだよ」
ニカママ「ふ〜ん、美味しいねぇ。」
「さあ、ここで問題です。この料理は何の油を使っているでしょうか?」
ニカママ「う〜ん...胡麻油!」

まあ、こんな感じです。
決してボケている訳では有りません。
食べるのに夢中で人の話を聞いていないだけですから。

家事仕事をする私の行く先々に付いて来て、脈絡のないお喋りをして、邪魔している自覚もなく邪魔します。
料理している時も、このポジションからカウンターにしがみついてじ〜っと料理の手元を見物してくれています。
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時にイラっとしますが、ニカさん曰く「まとわりついても猫なら可愛いんだよなあ...」

確かに!、これが猫で、足元にまとわりついて甘えて、ニャ〜ン...なんて鳴いてくれたら「なんでちゃか〜、お邪魔ちないでちょうだいね〜♥」なんて言いながらも、自慢げにブログにアップする事でしょう。

猫なら可愛いのに、おばあさんだと鬱陶しく感じるのも不公平で可哀想ですよねえ。
失礼ながら、ニカママを猫なのだと想像してみたら、少し楽しい気分になりました。

2015年3月 9日

桜・満を持して咲く!

連日嬉しいニュースが届きます。

甥、聡一郎の、第一志望大学合格の知らせが届きました!
2年掛かりで待ちに待った嬉しい知らせです。

甥っ子は双子なのですが、ふたりの「受験放浪記」は、挫折に負けない高い志のおかげで壮大なストーリーとなってしまいました。

現役で北海道大学に入学したものの、1年の「仮面浪人」を経て、昨年京都大学に入学し直したのが、俊太郎。専攻は工業化学科です。
※仮面浪人とは、普通に大学の単位を取りつつ翌年の受験に向けて勉強する生活。かなりしんどそうです...。

1浪の後、某国立大学 医学部に合格したものの、更に1年の浪人生活を経て今年、名古屋大学 医学部に晴れて合格したのが聡一郎です。

周囲は、昨年合格した大学で充分ではないか!と言う雰囲気だったのですが、本人はどうしても再チャレンジを希望して、念願の合格をつかみました。

一番嬉しいのは、ふたりとも自分が望む場で学ぶというステージに立てた事です。

実際は、これからが本番の大変な勉強が待っていると思う。
でもきっと負けずにやり遂げられるはず。
だって、ふたりとも高校を卒業した当時より、
困難に打ち勝つ精神力と優しさが備わって、一回り人間が大きくなっているものね。

満を持しての合格、心からおめでとう!\(=^o^=)/
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下の写真は、実家にてふたりの満1歳の誕生祝の様子です。
(左は、まだ元気だった父。右はまだ若かった(^-^;)..弟です。)

箕(み)に乗せた子供の目の前に、そろばん、本、筆、を置いて、箕(み)を降ろします。
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ハイハイして、3つのうちの何を取るかで、その子の将来が見えるそうで...。
結局ふたりとも、何度やっても筆を取りました。
※そろばん(商売)、本(趣味)、筆(学問)のようです。
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「きっとふたりとも学問の道に進むだろう」という事になり、その予言通りになりました。
その時、嬉しそうだった亡き父の姿も思い出します。

2015年1月18日

お下がり、最高!

甥の成人式があり、家族で撮った記念写真が送られてきました。

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写真左が成人を迎えた俊太郎。
着ているスーツは、父親(私の弟)が成人式の時に作った物ですが、さすが親子、お直ししなくてもサイズはピッタリ!
スーツを着た俊太郎は、いつもより少し大人びて見えます。
良い物を大切に着るという風習はすっかり消え去ろうとしている時代ですが、父親から譲り受けた30年以上昔のスーツを喜んで来て行く成人式からは、清々しさを感じました。


写真右の着物姿も艶やかな美女は、昨年の11月から実家にホームステイ中の、コウさんという中国人女性です。
弟の会社の仕事の関係で、3ヶ月間日本に滞在し、日本語と仕事を学んでいるところです。

コウさんの着ている着物は、私が10代の頃着ていたものです。

私の母は、コウさんを孫のように可愛がっていて、私に
「コウさんは日本の着物に憧れているので、もう着ない着物があったら送って」という依頼があったのが12月。

さすがにもう着る事はないだろう赤黒+黄の織りの着物と、花柄の浴衣、下駄、帯一式を送ったらとても気に入ってくれたそうで、成人の日に織りの着物を母が着せてくれました。
この着物は、コウさんと共にまもなく海を越えて中国大陸に渡りますが、その後はどのような運命をたどるのか?
想像すると自分の分身が旅をしているみたいな、楽しく不思議な気分になります。

俊太郎は、その昔ニカさんから私の弟に譲ったセーターや、弟の古い革ジャンまで持って帰ったようです。
金欠学生(学生ならば当然ですが)の身分ゆえ、古いモノを譲り受けて、節約しつつもオシャレ心を磨いてください。

それにしても、我が弟(写真右から2人め)のラフすぎる普段着姿には、家族一同からブーイングの嵐。
古い新しい以前に、そのジャージ、なんとかせい!
 "(*`ε´*)ノ彡☆バンバン!!

2014年11月20日

家族三代京都の旅

「甥が京都の大学にいるうちに、母を連れて京都に行く」という使命を持った旅をして来ました。
母と同行するため、往復信州の実家に泊まり、京都で2泊、都合4泊5日の旅となりました。

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齢80になった母は、長年車で移動する生活だったので足元が心配です。
「ついに杖も用意したし、足腰は歩いて鍛えたから大丈夫!」との事だったのに...甘かったです。
歩く早さは、私達の半分以下で、少し歩いては休憩するのもやむなし。

これは子供の頃から、母から世話になった分のほんの少しの恩返しなんだと感じます。
欲張らずにペースを落として、タクシーを使いつつ、のんびり行きましょう!

「東福寺」の通天橋から見た紅葉は見事でした。
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縁側に座ってゆっくり庭を眺めたのは「光明院」
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混雑する人気のお寺を敬遠して、甥に案内されて巡った「祇王寺」にて。
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二条駅の雨よけ(の域を越えている...)は壮観でした。
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この季節の京都はどこも賑わっていて、嵐山の渡月橋手前は、ものすごい混雑ぶりで渡るのをあきらめました。
洪水にも負けず、人間の荷重にも負けず、強靭な橋ですねえ。
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夜は、京都の街の居酒屋や町屋を改築したレストランでお好みディナー。
週末は混むからと、二晩とも甥が予約していてくれました。
感心感心!(^0^)
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旅慣れて来た最終日は、二条城を一周巡る事ができました。
約1万歩、大変良く歩けました。◎
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最後は「恥ずかしいから止めてくれ〜!」と嫌がる本人をなだめつつ京都大学に連れて行ってもらい、強引に撮った記念の一枚。
二階堂隆 二階堂美子 京都旅行-8.JPG

敷地は広々として、意外に新しい校舎でした。
母もこれで安心し、満足してくれた事と思います。
二階堂隆 二階堂美子 京都旅行-9.JPG

紅葉や建築を観るよりも、母の具合を気にする方が長い旅でした。
こういう時を体験できて良かったと思うと同時に、
やがて訪れる老後のために、親の振り見て足腰は今から鍛えておくことにしましょ。

2014年9月28日

青春の夏休み

長野県出身、北海道の大学に1年いて、今は京都の大学生、
二十歳になった甥っ子の、夏休みの一人旅。
休み前半は広島などを巡ったようですが、休みの終わりには北海道&東日本:7日間のフリー切符で東北6県を周り、最後に我が家に寄ってくれました。

フリー切符は普通電車しか使えないので、東北から青梅まではズバリこちら↓でやって来ました。
山形駅までは、朝9時からバスに乗って移動したらしいです。一人で何を想いながら旅して来たんだろう。
青春だなあ。
フリー切符.jpg

甥の到着に合わせて、弟(甥の父)から今年豊作の長野県産の見事な松茸が届きました。
私達への嬉しいサプライズと、これで美味しいものを食べさせてくれという親心。
松茸.JPG

甥からの東北土産です。青森からアップルシードル。岩手から南部煎餅。福島県からは、ままどおる。
荷物になるのに、うれしいね。
コインランドリーで乾ききらなかった生乾きのくさ〜い洗濯物一式のおまけ付きだけど。(^-^;)..
俊太郎のお土産.jpg

お腹を空かした育ち盛りのための、初日の晩餐は和食です。
松茸御飯(4合)をメインに、野菜色々と和風フィレステーキで充分かと思ったけど、秋刀魚まで綺麗に完食。
胃袋も青春だなあ。
初日の晩餐.jpg

気持がよい程、良く話し(超早口で...)、よく食べる。
旅の事、学校の事、世界情勢から美術、音楽の事までしゃべりつつ
それでも話が尽きないので、さすがに25時過ぎにはお開きにしてもらいました。
半日かけてやってきたのに、疲れた気配もありません。
新しく得た知識を語りたい!というところが、まだまだ可愛い青春です。
二階堂隆&俊太郎.JPG

翌日は、都内を一日探索して来たようです。
16歳の春、震災の日に一人東京の街に残されたトラウマを乗り越えて逞しくなりました。

二日めの晩餐は、高カロリーのため我が家ではしばらく作っていなかった海老と牡蠣のドリアをメインに、松茸のホイル包み焼きなどにしましたがこちらも完食。
ニカさんも久々の高カロリー・バター入りドリアに大喜び。
料理の作りがいの有る皆さんで、ホント嬉しいです。
二日めの晩餐.jpg

「旅の写真は撮らなかったよ。全て自分の心に焼き付けたから。」
などとキザな事を言う写真嫌いの甥なので、カメラを向けても逸らされてしまいます。
これがやっとの記念のツーショット。
二階堂美子&俊太郎.JPG

「金が無い。」と言いながらも、このようなひとり旅にお金を使っているのは良いことだよ。
「なかなかモテ期が来ないんだよね〜!」なんだそうなんですが...、頑張れ俊太郎!

2014年8月17日

Bon 2014

今年の夏は、久々に信州の実家にて3泊4日でお盆を過ごしました。

ただいま!庭のカエル君。
庭のカエル.JPG

ただいま!実家からの風景。(子供の頃からは、随分景色が変わって天竜川が見えないのが残念だけど...)
実家からの風景.JPG

ただいま!御先祖様。
仏壇.JPG

今年は、家族揃って迎え火を炊く事ができました。
迎え火1.jpg

先祖御一同様、迷わずに我が家にお帰りくださいね。
迎え火2.JPG

Beatsなんか持っちゃって、すっかり一人前な甥っ子から逆に操作を教わるニカさん。
ヘッドフォン.JPG

実家の前にて、何気なく迎え火を中心にした親子遠近法。
実家.JPG

毎夕方は、天竜川の河原まで散歩に出かけました。
下に見える旧堤防の内側に繁る林は、5〜6年ほど前まで、ウチの畑だった所です。
新たに堤防ができた今は、昔の低い土地は使えず、野のままの状態です。
一昔前、月見草が綺麗な堤防で、父と一緒に野菜を作った頃を、過去の幻のように思い出します。
散歩1.JPG

夕暮れの中、母が撮ってくれた写真。
思いっきり手ブレなところが、それなりに良い思い出になるのかも。
散歩2.JPG

弟の作ったステーキカレー(お玉より大きい牛肉入り)、ローストビーフ、お嫁さんの用意してくれた朝食です。
毎日とっても御馳走様で、お世話になりました。
大肉カレー.JPG ローストビーフ.JPG 朝食.JPG

甥っ子達は、晴れてこの夏二十歳になり、アルコールも解禁になりました。
酒盛りの英才教育をしつつ、連日温泉三昧の極楽夏休み最高!

2014年6月 8日

ハハーズと入梅

長引いておりますが...、
他にネタ無しで止む終えず...、
無理矢理ですが「ハハーズ写真集!」です。

ニカママ Happy Birthday Party!
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しばし、労働にて運動不足解消も良し。
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超遅咲きのロックンローラー!?
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梅の湯温泉にて、同じポーズで仲良く休眠中!
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大変、お粗末様でした。 m(_ _;)m

まだニカママは滞在中ですが、私の母が帰った後は何となく手持ち無沙汰にしています。
青天の続いた5月から月も変わり早くも6月。
週末は大雨にたたられました。
こんな時は「ゆっくり」を楽しむしかありません。
庭のシモツケの花芽もほころび始め、梅雨の季節に入りました。
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2014年6月 3日

母と揃って同窓会

ハハーズ揃って、元気に滞在中です。

私と母とは同窓生。
今回の東京支部の同窓会総会は、私達の学年が実行委員当番だったのと、
母も同窓会本部顧問のため招待され、5年ぶりに二人揃って総会に出席して来ました。

今年も華やかな集まりです。
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私の一番のミッションは、母を無事に都心の会場まで連れて行き、無事に帰る事。
会場到着でやっと一息です。
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こちら母の同級生。
ひと時の再会を慈しむ熱気は、年齢に比例している感じです。
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こちら、私の同級生。
第85会同窓会の実行委員のため、例年より多くが集まり、役割を分担し、協力して会を大成功させました。

実行委員長、司会、会計、受付、席係、名簿作成など、色々な役を分担した仲間です。

ここが本題です。
私は本来、同窓会や実行委員などは興味がなかったのですが
田舎の高校の同窓生って、どこか空気が似ていて、おばさんになった今、
数十年ぶりに再会しても、とてもスムーズに安心して意思の疎通ができる大切な人達だという事がとても嬉しい発見でした。
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私のお役は、プログラム、席次表、カード類のデザイン一式です。
皆様にお褒め頂け、幸せ気分でした。

こちらはデザインしたプログラムの表紙、裏表紙です。
裏表紙に歌詞を記載しておりますが
高校の校歌はもちろん、同窓会歌、信濃の国までパーフェクトに歌える同窓生達って凄かった...。

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そんな一日、ニカさんとニカママは仲良く(?)お留守番。
親子水入らずのひと時を持てて、良かった?よね!(^.^)v

2014年5月27日

ご挨拶と菖蒲公園

ご挨拶
日に200通を越えるスパムコメントに辟易して
この度、サイトを工事しました。
これまでこのサイトに親しんで頂いた皆様、
コメントへのひと手間申し訳ないです。
こちらの方式で少し様子を見てみます。
これからもよろしくお願いします!m(_^_)m

***********************

そんな中、ハハーズの一人、ニカママがやってまいりました。
義姉がきちんと薬を飲ませてくれているようで、昨年より元気です。

今日は、青梅吹上しょうぶ公園に散歩を兼ねて出かけて来ました。

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曇り空の下、蓮とムシトリナデシコと青い蝶が幻想的です。

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揃って「オタマジャクシ」に見入る親子。
ソックリなんです。(^-^;)..
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本日(27日)現在は、ボチボチと花が咲き始めた所でした。
菖蒲祭りは6月1日〜30日なので、間もなくこの公園一面が菖蒲の花に包まれます。
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ハハーズ2名が揃うのが29日。
菖蒲の花盛りが、急いでくれると良いのですが。

2014年4月 8日

家族でお祝い

弟が、医者のタマゴの方の甥っ子の入学の手続きついでに
母も連れて一泊で立ち寄ってくれました。
もう一人の甥っ子は、弟のお嫁さんと二人で京都で入学の準備の真最中。
双子って、こういう時は本当に慌ただしくて大変です。

皆さん、入試だの転居だのでお疲れさんでした。
夕方着・早朝発の一泊ですが、滞在中はゆっくり慰労の時間にしてください。
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今年も「おめでとう!」
もしかして、再チャレンジで来年も「おめでとう!」かな?
でもおめでたい時は、ちゃんと皆で喜んでお祝いしないとね!
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美味しい美味しい、と噛み締めながら見事な食べっぷりの育ち盛りの甥っ子です。
奥は、ほろ酔いでご機嫌の弟です。良い春になって良かったね。
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温野菜のオードブル、ローストビーフ、大根と厚揚げの煮物、胡瓜の梅和え、
と出しても直ぐに無くなり
骨付き鶏の唐揚げ、腸詰めのグリル、塩焼き銀杏と続き
最後の締めは、めでたい時の定番、土鍋炊き鯛飯です。
大きい土鍋で炊いた鯛飯五合もおこげまであっという間に完食という気持の良い食べっぷり。
料理の写真を撮る暇もなかったけど、
喜んで食べてくれて作ったかいがありました。
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翌朝は早々に出発です。
少しの時間でも、入学という記念の時を一緒にお祝いできて良かったよ。
幸せな今日の顔を、元気の元として心に焼き付けておきます。
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それぞれに頑張って、また色々話しましょ。
私達も夏には帰省する予定です。


2014年3月23日

甥っ子達の春

五分咲きだった双子の甥っ子達の大学受験から一年。
今年もドキドキしつつ報告を待ちましたが、驚きを伴う嬉しい動きがありました。

北海道大学に入学した一人の本命は、京都大学でした。
昨年のお祝いの時に「本当は京都に行きたかったんだ...。」とポツリ。
「じゃあ来年受け直してみたら?」と言うとギョッとした顔をしていたのですが
本当に受け直して、この春ついに念願の京都大学に合格しました。
その間、大学の単位は全て取りつつ、
学習塾でバイトしながら自分も受験勉強をしていたようです。
ものすごく頑張ったシュン君、たくましくなったね。
その頑張りを誇りに思います。心からおめでとう!

もう一人のチャレンジャーは、今年A判定だった第一希望の医学部に失敗。
後期試験で、某国立大学の医学部に合格したのですが、
こちらもやはり初心を貫くべく、来年本命に再々チャレンジするそうです。
端から見ていたら、今回合格した大学で充分なのではないかと思いますが、
自分の人生のために、許される限り貪欲に頑張る時期があって良いと思う。
遠回りに感じても、無難ではない道での様々な経験は決して無駄ではないと思います。
合格した大学は休学扱いにして臨むそうなので、プレッシャーからは解放されるね。
ソウ君、来年の春、大望が叶うよう心から祈ってます。

青梅の名所「吉野梅郷」の梅の木は、プラムポックスウイルスの為に
今年の花を最後に全て伐採されてしまうそうなので、本日お別れの花見をして来ました。

日向和田の駅では、ホームから10mほどの林でカモシカ君がお出迎え。
年に数回出現するそうですが、予期せぬ出会いに感激です!
東京都・青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・グラフィックデザイン・カタログデザイン・エルグデザイン 二階堂

青梅に暮すようになってから数年に一度は訪れていた梅園ですが、
段々と伐採が進められたおかげで、今年の梅林は少し淋しい気がします。
それでも多くの人々が、別れを惜しむ様に訪れていました。
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吉野梅郷が復興するのは、約10年後だそうです。
10年後の自分達を想像すると...絶句しますが
またこの梅園の丘を歩き、梅の香りに包まれる春を楽しみに待つ事にします。
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2013年11月 5日

母は多忙中

弟夫婦が数日の中国出張になり、
齢八十近い母を一人で残して行くのが気がかりな様なので
留守の間、温泉を兼ねて二人で実家に帰省して来ました。

出迎えてくれる玄関や家周りを整えるのは、母の趣味です。
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全て母の手作りの漬け物各種ですが、これも母の趣味。
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20号くらいの日本画や墨絵を描くのも、母の長年の趣味です。
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70代からはハーモニカのサークルにも入り、担当はコードハーモニカ。
幅60cmくらいの大きいサイズなので、体力も結構必要のようです。
東京都青市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂G

偶然ですが、地域の文化会館で母が参加するコンサートが開催されたので、聴いて来ました。左から4人目が母です。
本人が老人なのに、老人ホームの慰問音楽会にも行っているようです。
東京都青市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂

いつもの母娘ファッションショーも、買い物もして来ました。
こちらは、母からのお下がり服です。
趣味が似ているので、それなりに重宝してます。
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二泊三日の私達の滞在中、母は、ハーモニカの練習やらコンサートやらと出かける中
美味しい朝御飯を作ってくれて、
夜は車で美味しい食事に連れて行ってくれて、
ワインを飲みながら深夜までお喋り。

私達が行ったおかげで、母は却って忙しかったのではないかとも思いましたが
疲れる様子もなく「近頃は、田畑仕事をしないからずいぶん楽になった〜。」との事。

弟よ、この母を数日一人で残す事の、一体何処が心配だったというのでしょうか?
(^-^;)..
(たいへん有難い事ではありますが...)

2013年5月25日

ハハーズ・3Dふたたび

先日の奥多摩での「水と緑のふれあい館」の3Dシアターに大喜びだったハハーズ。

ならば、本物を観ていただきましょう!と
多摩六都科学館のプラネタリウムの3D大型ドームシアターに行って来ました。
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今年の1月に二人で来た時は「ダーウィンミステリー・生命進化の謎を追う」を観て、大きな感動があったので、
今回はもうひとつの大型映像「いきものがたり」を期待を込めて観る事にしました。
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奥多摩よりスゴい、世界で4番目の大型ドームシアターで、ワクワクのハハーズ。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂

しかし...、「いきものがたり」はショボすぎでした。
「大人も子供も楽しめる」と言うふれこみでしたが、
大人は、安っぽい映像と、押し付けがましさと、奇をてらった演出にうんざりし、
子供は、退屈して寝るか、飽きて騒ぎ出す事でしょう。

ハハーズも、途中居眠りばかりしていたくせに
「奥多摩の方が良かった!」と自信を持って口を揃えてくれます。

なんか悔しいので、時間を待って、ダーウィンミステリーも観て行く事になりました。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂

そして、せっかく観たダーウィンの途中もコックリコックリのハハーズ。
「いきものがたり」よりは心に響いてくれたようですが...。

一番ハハーズにウケていたのが、この入り口の円柱ミラーってどうよ。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂
こんな虚像を観ながら、スタイルバツグンのモデル気分に浸るハハーズと
しかたなく付き合う私達。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂

「努力は、全て報われるものではない」という事実を重く受け止めながらも
段々と疲労の色濃くなる私達でありました。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂

2013年5月23日

ハハーズ:青梅奥多摩の旅

やっと少し時間が取れました。
今年のハハーズとの旅を、思い出に残したいと思います。

今回の旅は、多摩川沿いをドライブして「水香園」まで。
水香園は、多摩川沿いにある、90年近い歴史のある隠れ家の温泉宿です。

途中、澤乃井園に立ち寄りました。
新緑の庭で、ハハーズ、少し気取ってみました!
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ニカママは、ニカさんと過ごす時間が、一番の幸せなのだと感じるショット。
ず〜っと一緒...じゃないから貴重なんですよね。
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ニカママのリクエストに応えて奥多摩湖まで足を伸ばしてみました。
小河内ダムの澄みきった景色は、二人ともとてもお気に入りです。
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ハハーズの身体は大丈夫か、旅の先々を気に入ってもらえるのか...
緊張しつつ、ホスト役中の私達。
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おばさんギャングのコスプレ?ではありません。
奥多摩の「水と緑のふれあい館」にて、ハハーズ、3D映像の初体験中です。
館内は空いていて、映像シアターは貸し切りです。
小河内ダム、奥多摩の自然、祭りや行事などの映像だったのですが....
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貸し切りで良かった!
ハハーズの驚きの声は、館内にコダマし、係の方からは、
「こんなにお客様に喜んで頂いたのは初めてです!」との感激の声までいただきました。
(^。^;)ホッ!

こちらが、宿泊先の「水香園:河鹿の間」です。
全ての建物が木々に囲まれた離れになっていて、左側を多摩川が流れています。
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しかし、ここから、小さなアクシデントの勃発です。

まず、座敷の「床の間」「掛け軸」「花」も飾られていなかったのです。
雑然と電話が置かれているだけの床の間を見て、
「この床の間は、客を迎えるものではない。」とマイママの意見。
確かに「おっしゃる通り!」
またお風呂に入ったら、石鹸受けには黒いヒビの入ったチビた石鹸が3つ。
「こんな石鹸、泡も立たないし不潔!」とニカママの意見。
確かに「おっしゃる通り!」

で、担当者に改善を依頼したら快く改善していただきました。
左図が、改善後、野の花が生けられた床の間です。
バランス悪いけど...。(^-^;)..
右図の改築したばかりの部屋からの眺めはとても見事。
花より景色という事でしょうか。
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そしてお楽しみのメインの会席料理です。
ここでも恐れていたアクシデント。
「ゴメン、これ、食べられない。」と半分近くを残すハハーズ。
ハハーズの好き嫌いをお店に伝えるのを忘れた私が悪かった。
(色々ありすぎて、伝えきれる範囲ではないのですが...)
ハハーズの好みを知り尽くして作っていた私の料理を食べ慣れたハハーズの舌には
今ひとつ合わなかったみたいです。泣き...。
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夜に降った雨も上がった翌朝。
宿で気を使ってくれて、朝食は別の離れにて用意していただきました。
こちらはモダンな「梅の間」です。
ハハーズ、なぜかこちらをお気に入り。
朝食もとても丁寧に作っていただき、こちらも大満足でした。
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何かとありましたが、係の方が快く対応してくださり心に残る一泊になりました。
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「普通こういう宿は、女将が出て来て挨拶するよね〜!」というハハーズ。
挨拶はなかったけど、楽しかったんだから、もう、いい加減にしなさい!

2013年5月19日

ハハーズ滞在中

ニカママが5月10日から滞在していて、私の母も14日から合流しています。

二人はとても仲良く楽しんでくれていてありがたいのですが、
子供にとって絶対だった母親像とは異なった一面も見せてくれます。
年を取るという事はこういう事かと、身をもって教えてくれているようです。

子供の願いと、親の満足に微妙なズレを感じつつ
それでも出来るだけ、満足してもらおうと
ニカさんと一致協力しつつ、ただいま奮闘中!

顔では笑ってますが、身体も心も、め一杯な私です。
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明日には私の母が信州の実家に帰るので少し余裕ができそうです。
嵐が去った後に、顛末を少し書こうかな。


2013年1月13日

成人になった頃

明日は成人の日です。
近年は一部の無茶騒ぎのおかげで、成人全体が未熟者扱いされて
大多数の成人の皆様には気の毒な事だと思います。
でも、近頃の成人式がなんとなく七五三の延長のように感じるのは
私の年のなのせいでしょうか。

懐かしくなって、おもむろに大昔の私の成人の写真を引っ張り出してみました。
昭和の香り漂う年代ものです。
この写真を撮った頃は学生だったせいもあるけど、成人になった自覚も薄く
せっかく祖父の作ってくれた着物を「着物より外国へ行きたいのに..」などと
不満に感じた罰当たりで未熟だった当時の自分を思い出しました。
親の希望に添う形で残った写真ですが、遠い昔の自分と語り合えるようで
恥ずかしくもありがたい一枚の写真です。
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こちらは、成人式など全く関心なく過ごしたニカさんの多摩美時代。
左の紅白の縞のTシャツのお兄さんです!(注釈入れないと分からないよね。)
落語研究会の同期との写真だそうですが、今とキャラが違い過ぎ。
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これらの写真から2年後くらいに私達は出会いました。
ビックリする程若かったなあ〜!
そして未熟だった。
今の若い人の事なんて言えません。(^-^;)..

2012年11月 6日

故郷2012

いつでも行けるという安心感からグズグズしたまま月日は過ぎ
この週末は3泊4日で、一年ぶりで故郷に帰って来ました。

連日、温泉と美食三昧でもてなしてくれた弟夫婦
来春に受験を控えているにもかかわらず緊張感の無い甥っ子達
昨年の手術から回復して、益々活発でいてくれる

東京(←一応..)で根無し草のように暮らす私にとって
故郷は「心の保険」です。

来年からは(大学か浪人か?)甥っ子達も家を出て、
弟も仕事で中国へ行く機会が増えそうです。
こんなに家族がゆっくり集まる事も少なくなるなあ...と思うと
今年の風景を記念写真にまとめてみたくなりました。

写真上は、実家からの見事に延々田舎の風景。
左列は温泉と飯田の秋景色。
中列は今年の家族の肖像。
右列は実家の今年の様子です。

私も「今年もまたひとつ、故郷で思い出が残せて幸せだなあ...」などと感じるお年頃になりました。

(☟クリックで拡大します)
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2012年5月20日

ハハ〜ズ!御岳山・青梅の旅

ついに私の母も青梅にやってまいりました。
ニカママとマイ母は積もる話が尽きず、終日お茶をつまみにおしゃべりしています。
平均年齢80歳、この怖いもの無しの最強コンビを「ハハ〜ズ」と命名します。

ハハ〜ズ滞在中に小さな旅を企画しました。
御岳山から多摩川沿いの宿に泊まる1泊の旅です。

御岳山ケーブルを降りたハハ〜ズ。旅の始まりの不安とトキメキ中。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂

車掌は私。お客ガールズは、ハハ〜ズ。それでは、出発進行だよ〜!
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ハハ〜ズの元気の元は食欲なり!で、先ずはお弁当で腹ごしらえ。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂

森林浴で元気をもらいながら、ペースはゆっくり、休みもたっぷり。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂

自分の足で歩いて登れば展望台からの眺めは最高。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂

下りは運良くケーブルの名物運転手さんに当たりました!
6分の乗車中に、6回は客を爆笑させる話術はさすがです。
記念写真まで撮っていただきました。
おかげさまでハハ〜ズも大喜びで、御岳山好印象度急上昇!
年に関係なく、気働きのできる人材は宝です。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂

宿泊は御岳の多摩川沿いの「ゆずの里:勝仙閣」。
全てが柚子づくしで。ショウブ&柚子湯は良く温まりしっとりするお湯でした。
お風呂のインテリアはちょっと不思議な箱庭風。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂
料理も柚子づくし。美味しいものもあり、これはちょっと...というものもあり。
作る方も食す方も、チャレンジ精神&遊び心。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂

翌日は青梅の旧市街を散策しました。
青梅レトロ館は戦後の昭和の香り満載です。
レトロ看板の「喜びも悲しみもいく年月」に、自分の青春を重ねて乙女チック気分に浸るハハ〜ズ。
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青梅の旧市街は、歴史のあるお店が多く、店主の方々もとても紳士的で、
ハハ〜ズにも好印象♥
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青梅の藍染め工房「壷草苑」も見学して来ました。
とても深い色合いにウットリです。
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我が家に帰った後も、話は尽きないハハ〜ズ。
喋り疲れると、揃ってお昼寝、いいご身分!

お世話をする私に、ニカさんこっそり曰く
「老人ホーム状態だな...。」(^-^;)..

2012年5月13日

ニカママ健康の秘訣

今週始めから、おなじみニカママの滞在ウィークです。

歩いて20分程の農協が好きで良く出かけるのですが
何の前触れもなく、「これが便利なんだよ〜!」などと言って
箒など担いで帰って来ます。
83歳になりますが、毎日良く歩き、超マイペース。
これがすこぶる元気の秘訣のようです。
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ニカママ滞在中は好物の煮物・漬け物中心の田舎料理でお持てなしです。
カロリー控えめな健康的和食...。これも元気の秘訣だったのか!
次々に明らかになるニカママ元気の秘訣です。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂

河辺駅前温泉「梅の湯」も大好きなので、週に一度は連れて行きます。
天然温泉でたっぷり暖まった後は、同じ施設内の「梅寿庵」でゆっくり河辺の夜景を見ながらのお食事。
ウウム...、これまた長寿の秘訣以外の何モノでもないではないか...。
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こちらもニカママの大のお気に入りの「静蕎庵」。
思えば蕎麦は、ボケ防止に良いんだっけ。
ここまでとは、オヌシやるなあ!
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂美子
極めつけは息子であるニカさんとの庭仕事。
適度な運動と、息子と一緒に働く心の満足。
これが身体に悪いはずが有りません。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂隆
間もなく、私も母も青梅に来て久々に4人が我が家にて合流します。
こちらも負けずに元気な母です。
なんか、もう負けそう。


2012年4月14日

銀婚記念日

4月12日は、結婚して25回目の記念日...、と言う事は
私達も無事に銀婚式を迎える事ができたようです。

お互いが、「自分の方が少しだけ努力と忍耐をしている!」と自負しつつ
仕事も遊びも二人三脚で、退屈する暇もない25年間でした。

記念日当日に、庭で写真を撮りました。
外見は相応に年を取りましたが、中味にはそれほど大きな変化は無いようです。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂

今から25年以上昔の指輪物語です。
右の指輪は結婚しようと決めた時、ニカさんが夜店で買ってくれたもの。
真鍮、銅、錫のワイヤーをひねった微妙にオシャレな(?)デザインで、金額は500円也!
打算も期待もないスタート...、若かったなあ。(^-^;).. 
見かねたニカママが、自分の持っている指輪の中で一番のお気に入りを私に譲ってくれました。
それが左の翡翠の指輪です。
クラシックなデザインですが、着物の時などにとても映える指輪です。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン 二階堂
...な訳で、銀婚式を迎えたと言っても今更大きなダイヤモンドが来るはずも無く
記念に少し遠い所に旅に出ようと、計画を始めたところです。

2012年2月26日

般若心経と魔除けの言葉

休日は晴耕雨読だった私の父は、30代から76歳で亡くなる直前まで「般若心経」を写経し続けた人でした。
今になってこそ写経の神髄を聞いてみたいのに、聞けない事が残念です。
我が家の居間に飾ってある父の書は、亡くなる2年程前のものです。
何を期待していたのか、横にペンでふりがなを書いてくれています。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン

父の無言の期待に応えるべく(?)今年の年頭にニカさんと
「今年は般若心経を覚えてみよう」と言う事になり
少しずつですが頭の中に定着し始めました。
ただ今、題目を別にしてやっと4行、無意識で唱えられるようになった所です。

ここで「般若心経」には意外な効用がある事を発見しました。

日常生活の中で、考えても仕方の無い『負の思考』に取り憑かれている時
「般若心経」を記憶するという行為でス〜ッと邪念が消えて行く
のです。
これはありがたいお経のせいなのか、記憶しようという意識によるものなのか...?

焦らずあわてず覚えてゆけば、お経の効用とともに、少しは精神向上もできる...(かも?)

実家は「真言宗」だったのですが
子供の頃、祖母からありがたいお経だからといって覚えさせられたのが「光明真言」

「おん あぼきゃー べー ろしゃ のー まかぼだらに はんどま じんばら はらばりたや うん」

調べてみたら「一心に唱えると、すべてのわざわいを取り除くことができるというかなり強力なパワーのある真言」との事。
意味も分からず唱えていたけど、孫を守ってくれようという祖母心だったのかなあ。

もうひとつ、何かの際に「邪気を祓う魔除けの呪文」とあったので
これは便利だ!と思って覚えたのが
「ナウマク サンマンダ バサラ ダン カン!」

表層の部分ではデザインだの、パソコンだの、なんだかんだ言っても、
私は正真正銘の仏教徒なのであります。

この週末はニカさんは完全に仕事モードでした。

新しいデザインの作業を始めたばかりで全体が混沌としている時は、
ニカさんにとっては生みの苦しみの時で、端からみていても気を使います。
せめて邪気を祓って、清浄な気の元で仕事をして欲しいのものです。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン
こんな時こそ、例の呪文の出番です。
「ナウマク サンマンダ〜 バサラ ダン カ〜〜ン!」 


2011年12月29日

2011年:年末記

2011年は大崩壊の年でした。

東日本大震災、資本主義経済、国への依存、
海外でも、地震、水害、ユーロ圏、アラブの春と
世界中が雪崩に巻き込まれるように崩れて行きました。

この荒れた時代を生き抜くためには、人間の原点に返って
地球を大切にする事、結束する事、心を強く持つ事、思考を自立させる事、が大切だなあ、と感ずる年の瀬です。

実家の弟が「今年も門松を作ったよ!」とメールをくれました。
自宅の山から松や竹を採って来ての自作の松飾りは、毎年見事です。
新たな年に向けて感謝と祈りの気持を込めて松飾りを作るという儀式は、
家や住む人の心に清らかな魂を宿してくれる気がします。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン

ニカさんは、冷凍庫を一掃して出て来たブタバラでお正月用の「豚の角煮」を作り始めました。
我が家のおせちは「好きな食べ物を準備 + 有り合わせで作る派」です。
暖かい食べたいものを、盛りつけにひと工夫してお正月らしさを演出しながら頂くのが
やっぱり一番。
飲茶や老酒なんかも準備しています。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン

それでは、間もなく役目を終了するウサギちゃん達から
龍クンにバトンタッチです。

「今年はとんだ年になってしまい申し訳ないです。m(_ _;)m
龍様の神通力で、なにとぞ来年の世界をお守りください。」
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン

エルグデザイン一同
本年も皆様にお世話になり、助けていただき、誠にありがとうございました。
m(^.^)m

それでは、皆様良いお年をお迎えくださいませ!

2011年11月 8日

喜寿祝

今年の夏に大病(だったのか...?(^-^;)..)をした母の、喜寿&快気祝いに招かれて来ました。
ふるさと信州飯田は「りんごの里」なので、市内には堂々とした「りんご並木」があります。
田舎に住んでいる頃は当たり前だったけれど、「りんご並木」って珍しかったんですね。
今見ると実りのこの季節はなかなかの存在感です。
写真は中央道飯田インターの出口付近。
排ガスまみれで少し可哀想な新しいりんご並木です。
(遠目の写真で臨場感なくてすみません!(u_u;))
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン

弟がセッティングしてくれた祝いの席は地元「昼神温泉」にて。
あいにくの天気でしたが
雨上がりの霧に紅葉がしっとりと映えた良い景色になりました。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン

田舎の会席料理の品数と量は半端ではありません。
「お客様には食べ残す程出さないと失礼!」というような
昔から美徳とされた風習は今も健在です。
美味しいし残すのも申し訳なく、ほとんど全部いただいた私...。
一時の快楽のために、この後二三日は禁欲的に過ごさなくては帳尻が合わない。
今年も悩み多き食欲の秋です。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン

実家の玄関先で喜寿の母との記念のツーショットを撮ってもらいました。
昔より背はひとまわり低くなってしまいましたが
病後とは思えない回復ぶりが嬉しい一枚です。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン

続いては上の写真とのセットで「時空を超えた写真」の特別版です!
私がまだ2歳にならない頃の母とのツーショット。
母は確かに私の母なのですが、今の私から見ると娘のような年頃だった...
と思うと愕然としつつも感慨ひとしおです。

Gopさんやナオチャからは「美子さんって変わらないね〜。」と言われそうです。
自分の事ながら、キャラ的には変化に乏しい人生だと思うよ。
親の代から続いて同じキャラだから筋金入りなんだよね。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン
(後日、母より「この時の美子のセーターもスカートも、ベレー帽も、毛糸のパンツまで、みんな、私のお手製だったんだよ!すごくオシャレで可愛かったんだよ。
( ゜ー´)b  」との報告がありました。私も子供の頃はオートクチュールだったのネ。)

母が箪笥から「これ憶えてる?」と出して来たモノ。
私が幼稚園の時に母が作ってくれた上履き入れとクレヨン入れです。
その昔、鮮やかな色と可愛い刺繍で持つのがとても楽しかった、私の初期の持ちモノです。
その後、膨大なモノを手に入れては手離してきた私の、忘れられない一品です。
それにしても、こんなに色褪せてシミだらけになっちゃうんなんて...
一体どれだけの年月が経過したんだっけ?(^-^;).. 
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今回、母から譲り受けて私の物になったモノ。
母の真珠のイヤリングと、父方の祖母から母が譲り受けたアメジストのリングです。
これらは色褪せる事は無いから、一生私の側にいてくれるモノになりそうです。
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弟が実家に入ってくれたのを良い事に、18歳の時に親元を離れたままになっていたけれど
母の病や、喜寿を迎えた事をきっかけに、もう一度自分の原点と向かい合えたような気がする、ちょっと特別な帰省になりました。

2011年8月30日

回復

一週間ちょっとのご無沙汰です。

丈夫が取り柄の実家の母が「大腸ガン」などというシリアスな病気にかかってしまい
手術&看護のために夏休みを一週間後ろにシフトして信州の実家に帰省していました。

検査による早期発見で、手術自体もトラブルなく完了した事、
基礎体力があったので、回復がとても早かった事などから
術後1週間で復調を見届け、昨日安心して帰って来る事ができました。

手術直後のかなりシンドイ状態はなんとか軽減してあげたい。
熱のある額には「熱さまシート」
目には「蒸気でホットアイマスク」
水も飲めず乾燥する口には「リップクリーム」&「マスク」
首元は冷えないように「ガーゼタオル」のフルコースで
これぞ、至れり尽くせりの看護!
のはずなのに...、なぜか虐待のようなあぶない写真になってしまいました。
(注)本人は「気持がいい〜!」と喜んでいますから。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン

ニカさんも同行して、
母の付き添いをしてくれたり、甥っ子達の面倒を見てくれたり
実家の掃除機がけまでしてくれたり
その合間には、弟と温泉三昧を楽しんでくれちゃったりと、万全の協力体制です。

手術の翌日からは、もう歩かされます。
まだ危なっかしいですが、
この後は日に日に足取りがしっかりして来るのが楽しみになりました。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン




最初に「ガン」と聞いたときはショックだったけれど
この危機をニカさんや弟一家の協力を得て、最高の形で乗り越えられた事は
母にとっても私にとっても、楽しくはないけれど幸せな体験だったとも思えます。

「年寄りの入院時に、その人のそれまでの人生が分かる」
とは、今回久々に再会した幼なじみの直チャの話です。

家族を始め、多くの友人がお見舞いに訪れてくれる母の人生は
良い人生だった(まだまだこれからも続きますが)のだと思います。

幼なじみの直チャの話はまた後日〜。

2011年6月12日

90歳まで現役宣言

18日間の滞在の後、ニカママを横浜まで送りがてら義父の墓参りをして来ました。

こちらに滞在中のニカママは、散歩に出かける前にリポビタンD!をクッと飲み
毎日2〜3時間は散歩して、リュックに野菜を買い込んで帰宅し、
お茶で喉を潤した後は庭いじりも楽しんでいました。
御年82歳。
日本女性の平均寿命86.44歳というのはダテじゃないです。

私は漠然と、自分は長生きしないんじゃないか...と思っていたのですが
あまりに元気な母達のおかげで考え方を改め
90歳まで現役人生に計画変更いたしました。
100歳まで!と言えないところが控えめです。が、
とにかくは、めでたし!めでたし?

帰宅するのに合わせたように、長野のが出張先の新潟から
新鮮なズワイと岩牡蠣を送ってくれました。

こっこれは!この半月あまりの多少の気苦労を慰労しなさい、という
神様からのありがたいご褒美なのでしょうか。
苦労の割には果報が大きいです。
エルグデザイン:東京都青梅市:プロダクトデザイン

善一郎様、とても新鮮で美味でした。どうもありがとね。
サクサクの牡蠣とジューシーなカニを堪能し
おかげさまで十二分な慰労ができました。

90歳まで現役続けるには、慰労も大事だものね〜。
ちょっと飲み過ぎたけど...。


2011年3月13日

甥っ子達のサバイバル東京

3月9日から三泊四日の予定で、春休みを利用して
実家の双子の甥っ子達が東京見学にやって来ました。
エルグデザイン

四年前に二人で上京した時は、まだ小学6年生だったので
私達の保護付きのお気楽安全旅だったのですが
高校一年になった今回は、別々で初の単独東京歩きが目的です。

上京当日、翌日と、それなりに東京見物を楽しんだ二人。
長野の田舎の高校生ながら、生意気盛りで
「まあ、東京なんてこんなものですかね!」な感じのノリだったのだ。

..そう、10日の賑やかな夕食までは。

東京見学も最終日、3月11日午後に襲った未曾有の東日本大震災。

青梅地方でも未体験な大揺れの中で、私はPCを押さえて動揺しつつも
祈るのは、初めての一人旅で都心にいる甥っ子達の無事。

慌てて、ネットからやTVから情報収集するも
なんとか携帯で無事が確認できるまでの時間の長かった事。


地理も分からず、電車も動かず、寒さの中に取り残されてどんなに心細い事だろう。
結局地震時品川と新宿に別々に居た二人は、別々の小学校の緊急避難所にて
一夜を過ごす事になり、取りあえずは一安心。
本当なら、夜はイタリアンのフルコースを楽しみに帰ってくる予定だったのに
ひとり見知らぬ小学校の避難所で毛布に包まり何を思っているのか?

朝になり各避難所にいる甥達の無事を確認し
「朝の内は混むだろうから満員の電車に無理して乗って来ないで
ゆっくり帰っておいで!」
と最後の連絡を入れる。

しかし、午後になって、3時を過ぎても二人とも一向に帰って来ない。
既に携帯の電池は切れていて繋がらないし連絡さえ入らない。

無事を確認していても元気な顔を見るまでは気持は不安で落ち着かない。

無事を祈る気持は同じでも
今、災害現場の被災者とその家族の不安は想像を絶するものだ。
戦地に息子を送り出す母の気持は、もっと想像を絶するものだ。

不幸な想像が連鎖して行き、心は重く眉間のしわは深くなる。


やっと4時過ぎに帰宅した俊太郎の方は、
「新宿から青梅に戻ろうとしたけど、せっかくだから
今日から始まるレンブラント展を観に上野まで行ってみたら
やってなかったんだ、残念〜!」

うううむ...。この有事に能天気にも程が有る。
大物なのか、バカなのか!

こんな俊太郎ではあるが、前夜は新宿から池袋まで
避難場所を探して2〜3時間は歩いているはず。
全く... 懲りないヤツでもある。

一人確保するも、もう一人が所在不明。既に地震から30時間以上経過。
暗くなり心配が募る中、やっと夕方6時過ぎに帰宅したのは聡一郎。

品川駅が人で溢れていたので、次々に入れそうな駅を探して歩いているうちに
最後は浅草まで行ってしまい、浅草寺を見た後も、
大変な思いをして青梅までたどり着いたらしい。
足に豆を作って「まじ〜地震トラウマになりそう!」と言いながらも気丈な振る舞い。
でも顔には「キツかった〜!」って書いてあるよ。
品川駅から浅草までを、マップで見たら最短でも12Kmはあるから
知らない道を訳も分からず歩いたのなら、有に15Kmは歩いた事だろう。

16歳、「初めての東京ひとり歩き」というより
「東京サバイバル」になっちゃったね。

地震災害のニュースを聞きながら、じっと耳を澄ますふたり。
もしかして今回の旅はたった一日の事で、
二人の東京感だけでなく、人生感にまで影響を与えてしまったかもしれません。

これも、神様が二人に与えた試練だったのでしょう。
今回の自分達の体験から、生き延びる逞しさと
人の辛さも感じられる優しさを持った人間になってれますように。

今回の地震は、時間の経過と共に被害の規模が信じがたいほど甚大になってゆきます。
ニュースを見ていると身体の震えが止まりません。
それに反して季節はのどかで暖かく、道端には春の花オオイヌノフグリが咲いていました。
人間も野の花のように、踏まれても潰されても
太陽を浴びて逞しく生き延びられるよう、心から祈ります。

エルグデザイン

2011年2月16日

雪・実家・ふたたび青梅

父の七回忌で長野県にある実家に帰っていました。

11日の休日。
昼前に青梅を出たのに、チェーン規制と高速休日1000円の二重苦で
笹子トンネルから甲府間は歩いた方が早そうな大渋滞。
工業デザイン:エルグデザイン
飯田市にある実家にたどり着いたのは夜も八時を回ろうという時刻。
青梅から飯田間も、さすがに8時間は最長記録です。
おかげで暗くて見通しは悪いし、雪は深くなるし...
規制のおかげで危険度増してます、怒!

翌日、実家の庭は雪に埋もれてモノクロの和の世界。
工業デザイン:エルグデザイン
実家先祖代々のお墓は山の中にあります。
雪景色の中での法要は、清らかで厳かで独特の世界があります。
工業デザイン:エルグデザイン
そんな実家で初めて見た、この変なモノ。
ストーブの温風をコタツの中に引き込むダフトだそうです。
(その実態は、首をもたげただけのジャバラの筒)
これで部屋もコタツも床も暖かくなる!!という優れもの...(?)
田舎ではかなりのヒット商品だそうで、
まだまだニッチな商品の可能性も大きいと言う事か...。 (*^^*) 
工業デザイン:エルグデザイン
青梅に帰ってみれば、こちらも負けずに雪景色。
工業デザイン:エルグデザイン
こちらは、私達と一緒に上京した母。
客間の有り合わせのモノでコタツ作ってくつろいでます。
「膝の上にミーコが来ればいいのに..。なかなか手なずけられないなあ..。」などと
言いながらも、久しぶりにゆっくりできてご機嫌の様子です。
実の娘と言っても、母に満足してもらうのはそれなりに大変。
いつも任せきりの弟夫婦には感謝です。
工業デザイン:エルグデザイン
簡単に手なずけられてたまるかニャン。
よくも雪の中、ミーコを残して行ったニャン!
もう人間不信ニャ。
美味しいモノくらいじゃ、許さないからニャン!
工業デザイン:エルグデザイン

2010年10月24日

ニカママ滞在中

ニカさんの母が滞在中です。
今年は春に白内障の手術をして、かなり世間が明るく見えるようになったようで
増々元気でありがたい事です。

「タダの御飯では申し訳無い」と、天気の良い日には
せっせと庭仕事に性を出してくれてます。
健康にも良さそうだし、雑草も綺麗になって私も助かってます。
しかし、先日は庭仕事の後の手洗いを、私の顔タオルで拭いているのを目撃!!
あれはボケたフリの確信犯なのか...?(^-^;).. 
まあ、仕方ないか。もうムキになる気にもなれない私です。
工業デザイン:エルグデザイン.JPG
なんとか手なずけようと、ミーコへの餌やりとブラシがけには
かなり積極的に取り組んでいます。
ヒマな時にはミーコと世間話をして過ごしている様子。
これもボケ防止には良さそう...なのかも。

やや迷惑そうなミーコではありますが。
工業デザイン:エルグデザイン
後は時間のある時に買い物に行ったり、近くの梅の湯温泉でゆっくりしたり、
蕎麦屋の昼酒に付き合わせたりしておりますが、
一番の幸せである最愛の息子とのひと時を楽しんでいただければ
私としては本望です。
工業デザイン:エルグデザイン
なぜか、やや迷惑そうなニカさんではありますが...。

2010年4月12日

おめでとう!

甥達の入学祝いのため、3泊4日で信州の実家へ帰って来ました。
昔はこんなだったのに、とっくに身長は抜かれてます。

久しぶりに合って開口一番。
「おばちゃん、ダイエットに失敗したんだね!」と明るく言ってくれちゃう
観察力の鋭い、とても正直な甥っ子でもあります。
余計なお世話だ! ( ̄□ ̄;)!! 
エルグデザイン
合格祝いはコレ!
ニカさんデザイン初代G-SHOCKの新機能モデルです。
手に「ワーイ」と書いて、喜びをささやかに表現してくれました。
エルグデザイン二階堂隆デザインのG-SHOCK
帰省すると毎回捕まって付き合わされるのがトランプゲームの「大貧民!」
実家に帰るたびに、もう10年以上昔からこれで盛り上がってます。
負けると泣いていた甥達が、ほんの少し前の事のような気がします。
100410%2B2.jpg
私が育った家の中庭です。
私の子供時代とは景色がだいぶ変わってきましたが、高台にあって天竜川が見渡せます。
同じ景色を眺めて育つ、君達の未来がどうか明るいものでありますように。
100410-3.JPG
これからが人生の本番だね。
心から、高校入学おめでとう!


2010年3月27日

甥の合格と父の事

私には双子の甥がいる。今年は揃って(当たり前ながら...)高校受験。
無事に難関の志望高校を、それも二人が全校の一番と二番の成績で合格です!
入学式では新入生総代の挨拶もするんだってね。おめでとう。すごいね〜!

けど...、そこまでの優秀さは一体誰に似たんだろ?
世間では、学者肌だったおじいちゃん(私の父)に似たのだろうと言ってくれる。

亡くなった父に、父と同じ高校に二人揃って合格した事を聞かせたかったなあ...。

そう言えば!父が亡くなる直前の「あと5年生きたかったなあ」という言葉を思い出した。
指折り数えてこの春で、父が逝ってしまってから、ちょうど5年。
そうか、父は二人が高校に上がるまでは見届けたかったんだ...。
嬉しいニュースのおかげで、あの時の言葉の深意に気付きました。
今年の春は嬉しいながらも、父の気持ちを思うとちょっぴり切ない春です。

初節句の頃。子供には厳しい父でしたが、孫には甘〜い父でした。
エルグデザイン二階堂美子の実家1

二人の小学校入学祝いで(私の)父母と。あれから9年経ち二人はこの春、高校生。
この記念写真の後4年で父は亡き人となりましたが、母は今でもバリバリに元気です!
エルグデザイン二階堂美子の実家2

松尾家の皆様。
4月になったらお祝いに行くから待っててね!

2009年10月31日

御先祖様

我が家に仏壇は無いけれど[二人の父親の遺影に毎晩、一献+おつまみセット付き!を進ぜて一日の無事を感謝する]という習慣がいつの間にか定着した。
「今日もありがとうございました。二人とも飲み過ぎには気をつけてくださいよ。」
な〜んて、冗談とも本気ともなく語りかけてみると、父達の魂が一緒に晩酌を楽しんで
くれるようで、亡くなってしまったという感じがしないのが不思議だ。
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そしてある意味、ご先祖様であるニカさんの母は、この2週間程我が家に滞在しておりました。本日は帰宅するのに合わせて送りがてら、久しぶりに横浜にあるニカさんの父の墓参りです。
せっかくのツーショットなのに、もう少し良い顔できませんか?二階堂君。
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本音を言えば、私達はこのお墓に入る気もないし、父の魂がお墓に眠っているとも感じていない。
二人とも散骨にして欲しいし、亡くなった大切な人の魂はいつもそばにいてくれると感じている。なのでこれはニカさんの精一杯の母親孝行です。
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そんな私達の気持ちを知ってか知らずか、ニカ母はとても喜んでくれたので
本日の任務は達成。
私の母からも、もう一期同窓会長を務めるとかで元気満々の連絡がありました。
何と言っても生きてる御先祖様が一番ですからね!

2009年9月13日

一箱の秋

長野の実家の母から、一箱の秋が届きました。
相変わらず元気そうで、逆にこちらの心配までしてくれている手紙付きです。
ポパイのホウレン草ならずとも、食べたら元気になりそうな秋の恵みです。

エルグデザイン二階堂美子実家からの野菜.JPG

2009年5月27日

同窓会で母上京

母が私たちの母校(高校)の同窓会長になる顛末は、昨年の3月「母に起こった大変な事?」に書いた通りです。
その後は想定通り、忙しくも充実した日々を送っていてくれるようなので、安心な日々を過ごしておりました。

しかし季節は巡り、今年もやってまいりました、同窓会の関東支部総会
今年は関東支部会の80周年記念大会という大きな節目です。
母も本部の同窓会長として昨年に続いて招待されて参加するとの事なので
さすがの私も、今年は少しばかりの親孝行のつもりで参加を決心しました。

母が言うには「同窓会に参加することは誇りである」との事です。
80年昔といえば、昭和4年。
まだ長野の地元から東京への電車も通じていない時代
長野県の女子高の同窓会を東京で開催した先輩方
その後、戦争を経ながらも同窓会を継続させて来た先輩方。
その原動力が「誇り」である、ということは無欲にして美しい行為だと思います。

その「誇り」という価値観も私達の世代くらいから変わりつつあります。
20年程前から男女共学になり、現在は男子生徒の方が多くなったそうです。
女子校時代が長いため、今回の関東支部の参加者350人中、男性はたった2名ですが
(ある意味、勇気ある行動!)今後、男性会員の参加が増えて行く事で、同窓会の意味合いも変わって行くのかもしれません。
それは「誇り」から「実」に変わる事かもしれませんが...。

参加して良かった事は、18の年で卒業してから一度もお会いしていない、恩師の先生や同級生たち(クラスは異なっても)にお会いして、今の姿がスーっと昔の顔と重なる不思議を体験した事と、完全に記憶から抜けていた思い出が、同級生との会話がきっかけで鮮やかに思い出した事。
母なぞは、70過ぎて五十数年ぶりに友人に会っても18の頃の顔がダブるそうです。
その事実、今なら信じられます。

総会で祝辞を述べる母
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いつも不思議なのですが、別な家から出て来たのに洋服の趣味が被っている...
母とのツーショット。
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その後、母は2泊3日で我が家に滞在して、久々に母娘の時間を楽しみました。
母も昔は160cmを超える身長があったのに、手術したせいもあり
今では10cmも小さくなってしまいました。背中も曲がってしまったな。
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何はともあれ楽しんでくれて、昨日無事実家に帰宅したので一安心。
この3日間は、忙しくもそれぞれの道を歩くための良いカンフル剤となりました。

2008年8月11日

義母の長期滞在

またまたご無沙汰してました。連日猛暑日が続き、ビールの美味しい夏休み日和です。

さてさて私達は異例な夏を迎えております。
というのも、ニカさんの母が6月に3週間滞在の後、一旦は義姉の元に帰ったものの、また7月末から2ヶ月の予定で、我家に滞在中なのです。
青梅滞在期間は、なぜかだんだん頻繁で長〜くなって行きます。(^-^;).. 

ニカさんいわく「お袋が来ると、家の空気が変わってしまう...」そうです。
私にも、今まで100%自分達のお気に入りだった「家」という空間が、そうでなくなってしまったストレスがあります。
衣食住への価値観の違い、所作の違い、会話の内容や言葉の選び方の違い。
観たいTVの違い、ニュースへの反応など、義母との生活感覚は全く異なります。

善悪の問題ではないし、今更お互いに変われる気もしないので、距離を置くか許容するしか道はありません。
そんな訳で、この2ヶ月は、私達と義母が、どうやって距離を保ちながら共存するかの試行錯誤期間中です。

私は昼間はベッタリ義母の相手をしない分、夜は腕によりをかけて御馳走を用意して、せめて晩餐タイムは皆で大いに楽しもうと努力します。
でも濃い味好きで小食なお義母さんにとっては薄味に感じたり、こんなに色々食べられないよ...と言った所なのかな。「美味しい..」とは言いながらも、あまり美味しそうに食べないお義母さんの顔色を気にするのは疲れるのでもうやめました。せっかくの美味しい料理なのになあ...。

ニカさんは、100%私の味方となって、いつもより更に家事に協力してくれて連日奮闘中です。お義母さんが黙〜って御飯を食べていると「旨い!ウチの晩ご飯は世界で一番美味しい。毎日金メダルだな〜!」なんて、かなり意表をつくコメントを出しながらも、精一杯私に気を使ってくれてます。
私の義母に対する愚痴にも大きくうなずき「全くだよね!ボクもそう思うよ。」なんて言ってくれると、ちょっと可哀想になっちゃうなあ。

お義母さんはお義母さんで、ニカさんが「小倉アイスが好き」なんてポロッと言ったものだからその後のウチの冷凍庫には、気がつくと小倉アイスが補充されています。悲しいまでの親心です。
お義母さんにとってはいつまでたってもニカさんは小さい頃のタボちゃんなのだなあ。
でもニカさんは、「もう小倉アイス...食えん...」らしい。

と言ったように、それぞれの努力が少しづつズレて報われない。
おかしくもそれぞれが少し切ない、我が家の暑い夏はまだまだ続きます。

2008年3月30日

母に起こった大変な事?

先日の夜、長野の母から電話があった。「美子...大変な事になった...」という暗い声に「どこかが悪いの!」と慌てた私。
「実は、高校の同窓会長に推薦されて断れない。やりたい事は色々あるのに、同窓会長になったらこれからの2年間が大変な事になる〜。」
...まあ、ここで病気というわけではなさそうなので、一安心。(u_u;)

創立100年を超える女子校の、母も私も同窓生だ。(現在は共学)
東京にも支部があるのだが、大先輩方々のパワフルで優雅な集まりに、私はちょっとばかり引いている...。

「それでも、引受けるつもりでしょ?」と聞いてみたら「正直な気持ちは、もう同窓会は引退して日本画やハーモニカをやりたい」との事。
そうかそうか、もうこれまでの二年間も副会長やってたんだっけ。
「もう充分やったんだから、断ればいいじゃない。
同窓会の為に、残りの(少ない?(^-^;)..人生を犠牲にする事ないよ」
「私は同窓会には参加する気になれない」と言ってみたら、それがなぜか不満そうなのだ。
「そんな美子には私の気持ちは分からない!自分で決める!」と怒った。
(●_●;)

その後は、当然ながら自分の意志で(?)同窓会長に納まり、忙しいらしく、電話もめっきり来なくなった。と思ったら「皆が祝福してくれてありがたい、頑張っている!」との事。

私と母の大きな違いはここだ。
地元に根付いて、人脈を広げ、活躍する母を、尊敬はできても決して真似はできない。逆に母は私のように、身一つから遠くの土地でなんて暮らせないそうだけど。

取りあえずこれからの2年間、母は大病する暇もなく、弟のお嫁さんに小言をいう暇もなく、畑から帰った後は、東京で買ったウィッグをかぶり(もう2つになったしね)オシャレして、同窓会や趣味の世界へと飛ぶような毎日を送る事になるのだろう。
なかなか見事な老後である。