般若心経と魔除けの言葉

休日は晴耕雨読だった私の父は、30代から76歳で亡くなる直前まで「般若心経」を写経し続けた人でした。
今になってこそ写経の神髄を聞いてみたいのに、聞けない事が残念です。
我が家の居間に飾ってある父の書は、亡くなる2年程前のものです。
何を期待していたのか、横にペンでふりがなを書いてくれています。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン
父の無言の期待に応えるべく(?)今年の年頭にニカさんと
「今年は般若心経を覚えてみよう」と言う事になり
少しずつですが頭の中に定着し始めました。
ただ今、題目を別にしてやっと4行、無意識で唱えられるようになった所です。
ここで「般若心経」には意外な効用がある事を発見しました。
日常生活の中で、考えても仕方の無い『負の思考』に取り憑かれている時
「般若心経」を記憶するという行為でス〜ッと邪念が消えて行く
のです。
これはありがたいお経のせいなのか、記憶しようという意識によるものなのか…?
焦らずあわてず覚えてゆけば、お経の効用とともに、少しは精神向上もできる…(かも?)
実家は「真言宗」だったのですが
子供の頃、祖母からありがたいお経だからといって覚えさせられたのが「光明真言」
「おん あぼきゃー べー ろしゃ のー まかぼだらに はんどま じんばら はらばりたや うん」
調べてみたら「一心に唱えると、すべてのわざわいを取り除くことができるというかなり強力なパワーのある真言」との事。
意味も分からず唱えていたけど、孫を守ってくれようという祖母心だったのかなあ。
もうひとつ、何かの際に「邪気を祓う魔除けの呪文」とあったので
これは便利だ!と思って覚えたのが
「ナウマク サンマンダ バサラ ダン カン!」
表層の部分ではデザインだの、パソコンだの、なんだかんだ言っても、
私は正真正銘の仏教徒なのであります。
この週末はニカさんは完全に仕事モードでした。
新しいデザインの作業を始めたばかりで全体が混沌としている時は、
ニカさんにとっては生みの苦しみの時で、端からみていても気を使います。
せめて邪気を祓って、清浄な気の元で仕事をして欲しいのものです。
東京都青梅市・工業デザイン・プロダクトデザイン・エルグデザイン
こんな時こそ、例の呪文の出番です。
「ナウマク サンマンダ〜 バサラ ダン カ〜〜ン!」 

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コメント

  1. アトム より:

    お父さんの写経、立派な字体ですね
    オヤジが死んだとき、般若心経覚えようと思ったけど
    結局放り投げてしまいました・・

  2. gop より:

    ウチのお袋、毎日仏壇に向かって般若心経読んでますよ。
    私もいい加減覚えてしまった。

  3. ヨシコ>アトム より:

    言語として繋がらない文章を覚えるのは
    外国の歌の様に覚えるのが良さそうな気がしていますが…。
    なかなか思うように進んでいません。
    お経を何時間も唱えられる、お坊さんってすごいなあ〜!と
    感心している今日この頃です。

  4. ヨシコ>gopさん より:

    gop家も般若心経通でしたか!
    今になって、般若心経には句読点がある事が判明しました。
    ここまで覚えた所も句読点を修正するとうまく言えません。
    やっぱり耳で覚える方が良さそうです。

  5. カネゴン より:

    奈良の薬師寺に行った時に、般若心経の写経を家でなぞって、郵送して、薬師寺に納めてもらうよう、
    お布施を渡して用意してあるんだけど、まだ、ほったらかしになってるよ。
    落ち着いた気分の時に少しずつ‥と思ってるんだけど、雑念が入ってなかなか始められないよ。
    出だしの部分とギャーテーギャーテーしか知らないけど、親しみやすいお経だよね。

  6. ヨシコ>カネゴン より:

    ギャーテーギャーテーは最後のクライマックスだけど
    そこまでたどり着くにはまだまだ時間がかかりそうだよ。
    鼻茸全快と、ご両親の健康を祈って写経してみたら
    雑念も消えるかも!( ゜ー´)b

  7. 直子 より:

    おじさん達筆だなあ。
    うちは父も母もそんなに字は下手じゃないけどここまではいかないだろうなあ。
    やっぱり最後まで教育者だったのね。
    上品なお父様でうらやましかったよ。
    あ、でもひょうきんな自分の父親もあれはあれでいいキャラだったと思っているけど。
    子供のころからそんなこと覚えさせられていたのねえ。
    やっぱり風格が違うな。私の実家とは(^∀^)

  8. ヨシコ>ナオチャ より:

    今はこんなユルい私だけど、子供の頃の実家の環境って
    祖父母がすごく厳格だったんだよ。
    だからナオチャんチのような家庭が羨ましかったよ。
    当時、まだあの地方は男尊女卑な空気があったから
    それに反発して田舎を出ようと決心した部分もあったよ。
    今は弟達の世代になったから随分と変わったかもしれないね。