2011年3月13日

甥っ子達のサバイバル東京

3月9日から三泊四日の予定で、春休みを利用して
実家の双子の甥っ子達が東京見学にやって来ました。
エルグデザイン

四年前に二人で上京した時は、まだ小学6年生だったので
私達の保護付きのお気楽安全旅だったのですが
高校一年になった今回は、別々で初の単独東京歩きが目的です。

上京当日、翌日と、それなりに東京見物を楽しんだ二人。
長野の田舎の高校生ながら、生意気盛りで
「まあ、東京なんてこんなものですかね!」な感じのノリだったのだ。

..そう、10日の賑やかな夕食までは。

東京見学も最終日、3月11日午後に襲った未曾有の東日本大震災。

青梅地方でも未体験な大揺れの中で、私はPCを押さえて動揺しつつも
祈るのは、初めての一人旅で都心にいる甥っ子達の無事。

慌てて、ネットからやTVから情報収集するも
なんとか携帯で無事が確認できるまでの時間の長かった事。


地理も分からず、電車も動かず、寒さの中に取り残されてどんなに心細い事だろう。
結局地震時品川と新宿に別々に居た二人は、別々の小学校の緊急避難所にて
一夜を過ごす事になり、取りあえずは一安心。
本当なら、夜はイタリアンのフルコースを楽しみに帰ってくる予定だったのに
ひとり見知らぬ小学校の避難所で毛布に包まり何を思っているのか?

朝になり各避難所にいる甥達の無事を確認し
「朝の内は混むだろうから満員の電車に無理して乗って来ないで
ゆっくり帰っておいで!」
と最後の連絡を入れる。

しかし、午後になって、3時を過ぎても二人とも一向に帰って来ない。
既に携帯の電池は切れていて繋がらないし連絡さえ入らない。

無事を確認していても元気な顔を見るまでは気持は不安で落ち着かない。

無事を祈る気持は同じでも
今、災害現場の被災者とその家族の不安は想像を絶するものだ。
戦地に息子を送り出す母の気持は、もっと想像を絶するものだ。

不幸な想像が連鎖して行き、心は重く眉間のしわは深くなる。


やっと4時過ぎに帰宅した俊太郎の方は、
「新宿から青梅に戻ろうとしたけど、せっかくだから
今日から始まるレンブラント展を観に上野まで行ってみたら
やってなかったんだ、残念〜!」

うううむ...。この有事に能天気にも程が有る。
大物なのか、バカなのか!

こんな俊太郎ではあるが、前夜は新宿から池袋まで
避難場所を探して2〜3時間は歩いているはず。
全く... 懲りないヤツでもある。

一人確保するも、もう一人が所在不明。既に地震から30時間以上経過。
暗くなり心配が募る中、やっと夕方6時過ぎに帰宅したのは聡一郎。

品川駅が人で溢れていたので、次々に入れそうな駅を探して歩いているうちに
最後は浅草まで行ってしまい、浅草寺を見た後も、
大変な思いをして青梅までたどり着いたらしい。
足に豆を作って「まじ〜地震トラウマになりそう!」と言いながらも気丈な振る舞い。
でも顔には「キツかった〜!」って書いてあるよ。
品川駅から浅草までを、マップで見たら最短でも12Kmはあるから
知らない道を訳も分からず歩いたのなら、有に15Kmは歩いた事だろう。

16歳、「初めての東京ひとり歩き」というより
「東京サバイバル」になっちゃったね。

地震災害のニュースを聞きながら、じっと耳を澄ますふたり。
もしかして今回の旅はたった一日の事で、
二人の東京感だけでなく、人生感にまで影響を与えてしまったかもしれません。

これも、神様が二人に与えた試練だったのでしょう。
今回の自分達の体験から、生き延びる逞しさと
人の辛さも感じられる優しさを持った人間になってれますように。

今回の地震は、時間の経過と共に被害の規模が信じがたいほど甚大になってゆきます。
ニュースを見ていると身体の震えが止まりません。
それに反して季節はのどかで暖かく、道端には春の花オオイヌノフグリが咲いていました。
人間も野の花のように、踏まれても潰されても
太陽を浴びて逞しく生き延びられるよう、心から祈ります。

エルグデザイン

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