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2016年5月28日

奇跡

我が家に来てからのニカママの体調は優れず、自力では何もできない完全介護生活でした。
(藪医者)病院で診てもらっても、年齢も年齢だし、背骨も曲がっているので仕方ないとの事。

お義母さんの周りには、苛立ち、恐れ、悲しみ、不満、不安、が燻って見ているのも辛い気持ちです。

私たちも5日間の介護生活の中で、オムツ替えも、義歯の手入れにも慣れました。
体力の無い人の身体を起こして移動させるのはとても大変で、腰に負担が来るのも体験しました。
義母さんが、今は亡き人や昔の知人と大きな声で会話しているのにも驚かなくなりました。
寝たきりになったら読書三昧できると密かに思っていましたが、読書どころかテレビさえ点けられなくなることも知りました。
ニカさんと、人間こういう時には、何(モノ、道具)が必要なのかなどという話などしながら気を紛らわせました。

そんな5日目の夕方、呼吸はしているように見えるのですがいくら声をかけても反応がありません。
慌てて救急車を呼ぶと心肺停止状態とのことで、救命措置を受けながら青梅市立総合病院へ運ばれました。

落ち着かない気持ちで病院で待つこと5時間。
深夜の緊急病院でニカさんは、「お袋は、ここに死にに来たのかもなぁ。」
「愛する息子の側で過ごして看取られれば、お義母さんも本望だよね。」

と、すっかり諦めていたのですが、青梅市立総合病院のカネダ先生の実力はすごかった。

その場で血液検査をして体の状態を調べ、服用している薬の種類と量を確認し、データを見ながら私たちに状況を詳しく説明してくれました。
どうやら横浜のかかりつけの病院で処方されている薬の配分が良くないようなのです。

緊急で心臓に外付けのペースメーカーを付けるなどの治療を受け、意識が戻ったのは翌日のこと。
それはまさしく奇跡でした。

さらに奇跡は続きます。
面会に行くと、ニカママの様子がすっかり別人のようで、神様のように穏やかな笑顔に包まれていました。
そして「美子さんは、日本一のお嫁さん。隆は幸せだ。本当に今までありがとう」と涙を流してくれ
これまでの楽しい思い出を次々に語り始め、見たこともないような大笑いをしてくれたのです。

思わずニカさんと顔を見合わせ、看護婦さんに「何か劇薬を盛りました?」

でも、あのまま我が家で亡くなってしまっていたら、こんなニカママの言葉を聞く事もなく、私たちには最期を看取れなかった後悔が残ったと思います。

医療とは、本人のみでなく家族のためでもあるとつくづく感じました。

ところで心肺停止の臨死体験中、ニカママはお花畑を見たのでしょうか?

「お義母さん、お花畑見た?」と聞いたら、「塩船観音のツツジが綺麗だったねぇ。」とのこと。
それがあの世の入り口のお花畑なのか、昔の記憶なのか、今となっては定かではありません。

今も入院中ですが、その後は順調に回復し、我が家に来た時よりもずっと元気になっております。
それに伴い、性格も今までのニカママに戻りつつあるのが、嬉しいような、残念なような。

ニカさん曰く「お袋は、ここに生き延びるために来たんだなぁ...。」
どうやら、そのようでございます。

塩船観音.jpg
写真は塩船観音のツツジです。

2016年5月22日

時は移り行く

我が家にニカママ(二階堂の母)を半月ほど迎えるに当たり、今回からは義母の住む横浜の義姉の家まで車での送り迎えが必要になりました。

昨日迎えに行ってまいりましたが、前回別れてからの半年の間に随分衰えてしまったように感じます。

半年前は長野の実家で一緒に遊んだのですが、今は自力で身体を起こす事も困難になっています。

介護が必要な状態だという心構えができていなかったので、さすがに昨日は慌てました。

今日になって、私達もその状態を受け入れ、新米の介護員をスタートしました。

いつかは来る「その時が来た」という事です。

(動けなくても、話したいことは元気に喋りまくっておりますが...。
(^-^;)..

ニカさんは、自分のためと言いながら、結構親孝行でこまめに面倒を見ています。

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来週からは私の母も我が家で合流し、半年ぶりにハハーズの再結成!

以前のように色々と楽しく見て回るのではなく、これからは、同じ時に同じ場所で「逢う」と言う事だけでも意味があるのでしょう。

ハハーズは、少しずつ形を変えています。

それは「ハハーズだけでなく、私達もいつまでも同じではないのだ」という事を嫌が応にも覚悟させてくれます。

2016年5月15日

送別会と皐月の公園

中小企業を支援するTAMA協会(社団法人首都 圏産業活性化協会)の活動の中で、先輩として尊敬する淺野さんが退職されることになり、これまでの感謝の気持ちを込めてお疲れ様会を開きました。

8年ほどのお付き合いでしたが、暖かいご指導をいただきありがとうございました。
淺野さんと二階堂美子.jpg

これまでのお付合いの中ではほとんど仕事のお話だったのですが、今回は仕事を離れた経験に基づくお話がとても面白く、淺野さん自身がとても楽しんでお話いただいている事が私達にとっても嬉しい会になりました。

淺野さんのこれまでの人生は、戦中に東京で生まれ、田舎に疎開し、不登校生徒から優等生に変身。高度成長期は大手企業の企業戦士、その中での大きな事件。子会社の社長を退職された後は、中小企業を支援するTAMA協会での活動と、一人の人生ながら壮大なストーリーです。
「人の立場でなく、人の気持ちになって考えることだよ」というお言葉を忘れないようにします。
淺野さんと二階堂隆

これからもまだまだ中小企業の活性化のためにご尽力していただきたいのですが、現在は心臓疾患やガンなどの病を克服中で、いざという時に迷惑をかけられないからというのが退職された理由です。
ご病気の事は心配だったのですが、実際にお会いして体力気力ともにお元気で安心しました。
それでも責任を持てないから辞めるというのは、淺野さんらしいと思います。

仕事の辞めどきというのがあって、それぞれの選択に委ねられます。
「人に迷惑をかけても、責任が取れなくても、自分はできるだけやる!」という選択も正しいと思います。

それでも多分、私達も淺野さんと同じ選択をするだろうと思います。

長い間、お疲れ様でした。
これからは仕事を離れた、第三の人生のお手本を見せてくださいね。
淺野さんと二階堂


今日は、ご近所散歩途中で、慶友病院併設の素敵な遊歩公園があるのを発見しました。
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真紅の芥子畑が見事でした。
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その先の吹上菖蒲園まで足を伸ばしてみました。
睡蓮池がモネの世界。
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菖蒲の花には早すぎたようですが、人影の少ない森には鳥の声のさえずりが響きわたり、のどかな皐月の休日でした。
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2016年5月 5日

塩船観音寺参り

気持ち良い青天のGW。青梅地方も30度を超えて、早くも夏日到来です。
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こう見えて信心深い私たち。
そろそろ混雑も落ち着いたであろう塩船観音寺まで出かけました。
境内の杜からは、本年の初蝉しぐれが聴こえます。
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線香でのお浄めは、邪気退散のため煙を全身にまとわり付けます。いつも最後は煙たくて涙目です。
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塩船観音寺は、真言宗・密教のお寺なので、お坊様は修行僧の趣です。
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本日は13時より約50分間の「結願護摩修行」があったので参加して来ました。(護摩焚き時の写真撮影は禁止です)

護摩堂に参列者が並ぶ中、山主と5人の僧達の不思議な不協和音のお経とともに、護摩が焚かれ火が少しづつ高く燃え上り、般若心経とともにクライマックスを迎えます。
終盤には、参列者の頭上から、護摩で清めたお祓いで「あびらんけん!」と言う掛け声とともに清めてくれます。
密教の法具は美しく、五鈷杵などは一つ手元に置きたいくらいです。
最後の山主のご挨拶も、意外にお茶目で面白く、護摩修行は中々新鮮な体験でした。
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線香と護摩ですっかり清められた後、名物のツツジ山に登ろうとしたところで、可愛い売り子さんに呼び止められました。
な〜んだ、ミーさんところのお嫁さんのハルちゃん!
バイト中のハルちゃんでしたが、可愛く記念写真に収まってくれました。
やっぱり私にはピースサインは似合わないか...。
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お土産には美味しそうなお煎餅を購入しました。

ツツジの山は見た通り、見頃は終わっていましたが、良いお参りができました。
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帰宅後、ミーさんを呼び出して、そんなこんなの報告をしながら庭でビールを一杯。
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本日も、のどかなGWの1日になりました。

2016年5月 3日

昔を懐かしみつつGW

今年のゴールデンウィークも、混雑を避けて自宅にて過ごしています。

休み明け提出の仕事を片付けたり、庭木や草花の手入れをしたり、料理に凝ったり、ノンビリ呑んだり、本を読んだり。
快い気候の中、薄手の服に着替えて、自分の好きなように時間を使えるのが私たちにとって一番の幸せです。

そんな中、増田さんご夫妻が訪ねてくれたので、久しぶりに古いアルバムを出してみました。
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皆で懐かしんだのは、30年ほど時を遡ったこの当時。
伊豆の海でシュノーケリング、山中湖でヨット、キャンプ、アーチェリーなど、若さに任せてアウトドアで遊びに遊んだ思い出です。
G-SHOCKが生まれたばかりの頃の、増田さんとニカさん。
こんな風に青春しながら、自由な仕事ができて、良い時代でした。
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30年の時は流れても人間の本質は変わらないようですが、夫婦はそれぞれの形に収まり似てくるのが不思議です。
きっと私たちも似て来ているのでしょうか。
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こんな写真も、いつの日か「あの日は、特別に美味しいお酒をたっぷり頂いたねぇ。」などと眺めて懐かしむ日が来ることを楽しみに、また一つ楽しい思い出の1日を重ねることが出来ました。
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そのお酒はこちら。大変な美酒をご馳走様でした。
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