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2014年12月31日

2014年もお世話になりました

2014年も本日で最終日。
本年も色々な方々のお世話になりながら、無事に終える事ができました。

・お仕事でエルグデザインにお声がけ頂いた皆様、どうもありがとうございました。
・問題発生時には、解決へのご協力を頂いた皆様、どうもありがとうございました。
・世間の広さを色々と教えて頂いた皆様、どうもありがとうございました。
・一緒に楽しいひと時を共有して頂いた皆様、どうもありがとうございました。
・最後に、気まぐれなこのブログにお付き合い頂いた皆様、どうもありがとうございました!

それでは「善き2015年を夢見るヒツジちゃん」で、本年を閉めたいと思います。

皆様、良いお年をお迎えくださいませ。
ひつじ.jpg

2014年12月21日

お掃除おばさんの独り言

私は決して掃除が好きなのではありませんが、自分が責任を持たないといけない汚れが嫌いです。
なので毎年10月に入ると、日々少しづつ大掃除をこなしますが、今年は水回りのリフォームで、大掃除にも変化がありました。
私は製品の使い勝手を考える側でもあり、主婦でもあるので、かなり口うるさい嫌〜なユーザーを自覚してます。
(=^^=;)

製品を買う時は、デザインや値段は気になりますが、掃除のしやすさはその時になって初めて分かる事。
特に最近の製品は見た目重視で、昔の製品より掃除の手間が厄介になっているように感じます。

お風呂の排水口はフタを取るとそれ以上分解できず、奥に詰まった髪の毛などはピンセットで取ってくださいとあるのですが、狭くて深くてどこまで取れているものやらわかりません。
かなり強引な設計だと思います。
(▼▼#)
排水口.jpg

お風呂のヒーターと換気扇ですが、フィルターの掃除についての記載はBの位置なのに、フィルターはAの位置。
フィルターには裏表があるのに、入れてみないと分からない...など、結局説明書を読まないと掃除不可能でした。
もう少しの工夫で使う人に優しくできるのになあ。
お風呂の換気扇.jpg

LEDライトの取り外し方も、食洗器の分解掃除も、説明書がないとすみません。
その説明書と注意事項の種類がありすぎて、読むのも一苦労。
説明書.JPG

キッチンの換気扇は、内側にフィルターを付ける必要はないとありましたが、あまりに汚れがひどいので付けています。
これで約ひと月分の油汚れなので、10ヶ月近く溜まった内部のギトギトはいかほどか。
換気扇1.JPG

天井に向けて取り外しの作業と掃除をするのは、シンドイ事を実感しましたし、
分解しやすい工夫はされていましたが、部品も多く、シロッコファンの掃除にもウンザリ。
換気扇2.JPG

フィルターのおかげか、内部の汚れは軽度だったので、やっぱりフィルターは必需品みたい。
内部解体重労働は、年に一度で充分です。
換気扇3.JPG

内部までピカピカになり外見は同じでも、心はスッキリ!

でも高齢者には、この作業は無理だと思う。面倒くさがりの人にも無理。
綺麗へのハードルが高くて、人には少し厳しい換気扇でした。
換気扇4.JPG

家の大掃除はキッチンで終了です。
残すところ事務所のみとなりました。

カネゴンのツッコミのおかげで、今年も少し遅れの誕生日にバラの花が届きました♪
少し早めのサンタさん、毎年どうもありがとうね。
バラ2014.jpg

2014年12月14日

お誕生日ありがとう

ヒトが誕生した日を祝う事は、子供の成長と家族の長寿を祝う事で自然に発生した気がします。
恋人や、家族になりたてのルンルン誕生日と言うのもありますね。
しかしルンルン誕生日が収束した後、長寿を祝う老年期の誕生日までの、やや地味な期間が、結構長い。

ルンルンもしていられないし、長寿という程は生きていない地味な時期ではありますが、それでもどこか特別なのが誕生日。

普段の写真ですが、取り急ぎ誕生日記念。
美子.jpg

なにげなく図書館で手に取って借りた本ですが、誕生日当日に読んだのも何かの縁。
幸いに、取り返しがつかないような現実には直面していませんが
もっと変わりたいと考えているのも現実。
「誕生日」というキーワードがこの本をみつけて読ませた気がします。
本.JPG

夜はニカさんと、欧風料理店にて高カロリーを堪能しました。
誕生日の料理.jpg

カロリー消費策として、レストランまでの往復6kmをウオーキング。
美味しく食べられるのも華、健脚で歩けるのも華。

今年もこの特別な日に、少し立ち止まって考える事ができました。
お誕生日、ありがとう。

2014年12月 7日

親の死に目

京都旅行の後、体調が今ひとつだった母ですが、病院にて「心不全」という診断を受けました。
「最悪は手術もあり得ます。よく無事に旅行に行って来れましたね。」というお医者さんも驚く母の強運に感謝します。

電話にて「もう充分良く生きたから、私の死に目に会えなくても後悔しないで」と言う母。
しかし思い起こせば、その言葉は私が18歳で東京の大学に行く時から始まって母が大病した時など、これまでに何度聴いて来た言葉だろうか...。
(^-^;).. 

ところで親の死に目に会うという事にどんな重要性があるのだろう。
死に目に会う事が孝行で、会えない事はそんなに不孝なんだろうか?
母自身は、両親の死に目には会えなかったはずなので、それを後悔していたのだろうか?

たまたま私達は、両父の死に目どころか、飼い猫の死に目にも会えないままだった。
それは臆病な私にとっては、息も絶え絶えの最期の様子を記憶してしまうより却って良かったと思ってる。
この世を去る瞬間に私達が側にいなかったから、父や猫達が私達を恨んでいるとも思えない。
少し淋しかったかもと思うと、胸がチクリとするけれど。

母は、ただ「自分の死を悔やむな」という事を伝えたいのだろう。
それを伝えた事で、母自身が悔いから解放されるのだろう。

その後、一週間の薬物療法でかなり体調が改善して来た母は
食欲増進のため、ワインを飲みながら食事している程で至って元気。
この調子だと、通院のみで行けそうです。

「お前は、もう少し見届けてからおいで」と父が言ったような気がします。

2014年12月7日。

サンシュユの実は天を赤く染め。
サンシュの実.JPG

落ち葉は、道を黄金に染めていました。
霞川.JPG